「暇か?暇だよな。一局付き合え。こっち来い」
「…暇って決め付けんなバカヤロー」
それでもスゴスゴ観念して付き合ってやると、強い強い。いつもヅラと対局しているし、それを覗き込む事も屡だったのだが、矢張り見るのとやるのでは百八十度違うのだ。アレ?三百六十度だっけ。二百七十度だったっけ。忘れた。
「ああ!俺のかわいい歩兵ちゃんが…」
「歩兵ぐらいでガタガタ抜かすんじゃねェ。雑魚は死ぬモンだ」
鼻歌まで歌っちゃって、こりゃご機嫌だねェ。そりゃそーだ、何たってボロ勝ちもいい所なんだからね。むかつく。
「ヅラは文字通り桂馬。それで行くと…御前は銀将か」
「当て字か。どうせなら飛角どちらかにして欲しいモンだが」
「一歩譲っても香車止まりだな。幾らでも進めるとはいえ、その方向は偏に正面一方のみ」
「…応用が利かねェ、とでも云ってるつもりか?」
「褒めてるのさ。不退転の覚悟。素晴らしい」
っと、飛車討ち取ったり。
ついに飛車まで亡くした。戦局は思わしく無い。
「香車は『成る』モンじゃぁねぇな。成香になったが途端、金将と同じ動きなんざ平凡過ぎる」
「歩兵と比べてみろよ、アイツらに比べりゃ平凡なんか云えねぇぜ」
「雑魚と比べるなと云ってるだろうが。すぐ死ぬような奴は放っとけ」
「…御前ね、そんな事云ってるけど、俺だって御前だって死ぬ時は死ぬんだぜ。死なない人間様が何処に居るってんだ?」
「此処に」
両目を将棋盤から上げて指差す方向。自分。
「不死身とも噂される、稀代の夜叉様が俺の眼前にいらっしゃる」
「不死身って…富士見の間違いじゃねぇの?」
「富士見てどうすんだよ」
角将討ち取ったり。
言葉は出ない。
「人間が人外のものを畏れ崇め好くのは今に限った話じゃぁねーだろ?」
「俺は人間なんデスガ」
「角生やして牙を剥き、其れに成りきるのも酔狂で趣があるじゃねェか。俺ァ香車のそんな直向きさと馬鹿正直加減が好きだぜ」
…。耳を疑う。
「が、人に『成』ってしまえば平凡なモノにあれま早変わり、酔狂の文字は直ぐにでも消え失せる。つまらねェなぁ」
「…話がよく分かんないんだけど。何?御前…アレなの?馬鹿なの?将棋の駒フェチなの?」
「王手」
見事に詰んだ。
「俺ァすぐ死ぬような雑魚が嫌いだ。だが中途半端なもの、つまらないものはもっと嫌いだ。そう『成』ったものは即座に斬る。その方が面白ェだろ?」
馬鹿、傾き者気取ったつもりか?
20100128 恭