ガン、ガン、ガン…
何の音だ。煩い。
ケラケラ、ゲラゲラ
煩ェっつってんだろ。
ドク、ドク、ドク…
全身…痛ェ…
「…げほっ!!!」
咳き込む。
「お、やっとお目覚めかい」
「はぁ、はぁっ、はぁ…………?!」
水をかけられたらしい。ぽたぽた、髪が濡れて毛先を伝い睫毛からも水滴が落ちる。息苦しい。男達が笑っている。男達が銀時を見てゲラゲラと笑い転げている。先程の大柄の男と、その部下達だ。
(…何処だ、此処…!!)
あれからどこかへ連れ込まれたらしい。
見慣れない畳張りの古めかしい部屋に自分と、それからこの男達。男達は何がそんなに可笑しいのか大声で笑い続け、各々手に持った酒を呷り銀時の姿をじろじろと無遠慮に眺めている。
唯一の光源である燭台の蝋燭がジジ、と揺らめいた。薄闇の中で段々と銀時の意識が覚醒してゆく。
「テメェ…」
「なかなか目ェ醒まさねぇモンだから、てっきり力の加減を間違えて殺しちまったかと思ったぜ。気分はどうだい姉ちゃん」
「ふざけんじゃね……っ!!」
殴りかかろうとしてふと気付いた。両手が上に吊るされ動かない。見上げると両手首が鎖によって一纏めにされ戒められている。床に座り込んだ格好の儘動けぬ。「くそっ!」戒めを外そうと強く引っ張ってみても、鎖がジャラジャラと揺れ手首の薄い皮膚が擦れるだけだ。
「暴れても無駄だぜ」
「るせェ!今すぐ外せコレ!!ぶっ殺すぞ!!」
「口が悪ィな。だが気が強ェ女は好きだぜ、そういう女を相手にした時が一番燃えるんだ。…力で捻じ伏せてプライドをズタズタにしてやった時の絶望に満ち溢れた顔が、堪らなくそそる」
「〜〜〜〜っ、だから、俺は女じゃねェっつってんだろうがァァァ!話聞けやテメェ!」
男は薄く笑って立ち上がり、銀時にゆっくりと近付いた。
「何を言いやがる。じゃあこれァ何だ?詰めモンか?」
「…!」
銀時に近づいてその胸の形を確かめるようにつつつ、となぞる指。ぞわぞわ銀時の全身に鳥肌が浮かぶ。
「これのどこが男だと?…フフン、大人しくしてれば思う存分善がらせてやる。泣いて身悶えする程にな、皆で可愛がってやるよ」
「ん、…!!!」
重ねられた男の唇に、銀時は思いっきり噛み付いた。ガリ、と物凄い音、男が悲鳴をあげて飛び退く。銀時が歯を立てたその唇からは血がつうと滲んでいた。
「こ…こんのアマァァ!!どいつもこいつも調子に乗りやがって!!」
「っう!!」
男の平手打ちが銀時の横っ面を襲う。布きれを猿轡にし噛ませ銀時の言葉の自由さえも奪い更に目隠しで視界の自由すら失う。闇に閉ざされた世界の中で銀時は呻くが言葉にならない。ジャラジャラ、鎖が鳴る。
「ん!んー!!!」「助けも来ねェ。懇願しようにも言葉も出ねェ。…お望み通りいたぶってやるよ!!」
見えない。何も見えない。項をそろりと撫でる感触にピクリと身体が震える。着ている黒の半袖、胸元のジッパーが音を立てて下げられる音。夜気に晒され暴かれる肌。
その時、
一陣の風が何処からか吹き抜け、蝋燭の火が消えた。
闇。
闇。
…闇。
しん、と一瞬奇妙に静まり返った部屋の静寂を、男の笑い声が破る。「ハハハハ…誰だ、テメーは。お楽しみの最中に突然尋ねてくるとは、無粋にも程があんじゃねぇのか?」───それとも何だ、オメーも混じりてぇのか?ぎゃははは
彼は、答えなかった。
暗闇の中で奇妙な色の光がゲラゲラと狂ったように笑い転げる男を射抜いた。
一瞬気圧されたように男の笑声が止む。
低くうつくしい声が、夜に沈んでゆく。クク、と密やかな笑声。
…地球産の猿共には同士討ちがお似合いだとよ。
全く下っ端は辛いねェ。御遣い、尻拭い、処断…
銀時の身体が小さく震えた。だが声は出ず視界は相変わらず闇に閉ざされ、…身体を戒める忌わしい鎖だけが鳴る。
ジャラ ジャラ
「…あ?何言ってんだテメェ、ボスが聞いてんだからしっかり答え…」 男の部下が、彼に近寄り詰問したその瞬間、闇を切り裂く銀色の閃光が煌いた。
部下の言葉がぴたりと止まる、
…そして残像を残し、ゆっくりと頭が胴体から落ちた。
途端に噴き上がる血潮。ゴトリ、と床に落ち足元に転がってきた頭部を見た他の男達が悲鳴を上げる。頭領の男も漸く事の重大さに気づいたらしく、わなわな震えだす。
「な…テメェェェェェ!!!!よくも俺の部下を…」
彼は一歩、また一歩と男に近づく。戦慄く部下の金切り声、彼に襲い掛かろうとした瞬間にその心臓から血潮が噴出した。そしてまた一人。また一人。また一人。また一人。
声も無く屍は増えていく。屍の山を踏み越え血濡れた彼は銀色の刃を片手に弄びながら男に近づいてくる。
災難だったな。噛み付く相手はよく選んだ方が好いぜ。
少しは人の迷惑も考えて呉れよ。
手前の所為でこうして俺が出張る羽目になっちまった。
如何して呉れる?
「テメェ春雨のモンか!よくも俺の部下をぉぉぉぉ!!!」
もう容赦はしねぇ、木っ端微塵に吹き飛べェェェェ!!!
獣のような咆哮を上げ人体を素手で軽く粉砕させる程の威力を持つその拳を全力で彼に向かって、
だが当たらない。彼の姿は次の瞬間に跡形も無く消えうせている。
「は…?!どこ行きやがった!!」
闇の中必死で目を凝らす男の背後から、くつくつと笑う声が。
困るんだよ。
御前のような屑に奴等の機嫌を損ねて貰っちゃァ。
どちらも俺が残さず食べて遣るって云うのに、
どうしてそう死に急ぐんだ?
「テメッ…!!!」
男の意識は彼の顔を認めない儘其の侭闇に堕ちた。
ゴトリ、とまた何かが闇の底に落ちた音が響いた。それで終わりだった。
静寂。
「…っ!」
銀時が目隠しをされ布轡をされた身を捩る。鎖が鳴る。
近くも遠くも無い距離から、声がする。
つくづく、面白い事しかしねぇバカだな。見下げた奴だ
聞き間違える筈が無かった。銀時が呻く。言葉は相変わらず出ない。其の姿を見る事は出来ない。手を伸ばす事も適わない。心中で叫ぶ。鎖が鳴る。
酷ェ格好。雑魚にあっさりやられやがって このバカ
バカじゃねぇ。バカはテメェだ。
煩ェクソ天パ
会話が続いたかのような物言い、近づく気配に銀時はまたも呻いた。頬を冷たい温度が包む。
───分かるさ、御前の事なら何でも
既に肌蹴させられ乱されている服装。つつ、と鎖骨を爪でなぞる感触。次に獣の如く肩口に噛みつかれ肢体はびくりと跳ねる。抵抗しようにも布轡の所為で言葉は発せない。呻き声しか出ない。目隠し布の所為で目が見えない。闇しか見えない。鎖の所為で身体は動かない。戒められ動かない。だから触れられない。この手を伸ばせない。
ぴちゃ、わざと音を立てて首筋を舐められ震えた。
「…ん、んー…」ゆるゆると頭を振る。───どうにかなってしまいそうだ。
抵抗するなよ。
冷たいねェ、折角の二人きりの逢瀬だ。
誰も居ない誰も来ない誰も来れない…
懐かしいあの夜がまた来たんだぜ
感じる体温。蠢く体温。
…クク、嘘だよ。そう震えるな
言葉は届かない。
「んん」
呻き声しか出ない。
夢に決まってんだろ
目が見えない。
「ん…んん」
闇しか見えない。
此れァ夢だ
身体は動かない。
「う」
戒められ動かない。
手前の目の前に俺が居る訳無ェだろ?
だから触れられない。
「んう…ん!ン…」
この手を伸ばせない。
だって俺達ァ
誰も来ない。
「ァう、…は…ん!!んん!」
誰も来れない。
本気で殺し合う仲なんだから
行くな…
闇に響いたそれが誰の吐息であったかは銀時には分からなかった。
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