…嫌な夢を見た。
「……銀ちゃん……」
 怖い。怖い。まだ夜。夜はずっと一人だった。誰も帰って来ない。母は死んだ。一人で
。一人。
 起き上がる。汗で乱れた髪もそのままに、歩き出す。部屋に入る。布団が盛り上がっている。顔を覗く。白い面。闇の中、それは驚く程血の気が通っていないように、人形のように白く。目を瞑って普段からは考えられぬ程静かに。

 ドクン。夢と同じ光景。
 白貌。
 目を瞑っている。
 左胸に開いた、穴からは夥しい 血、
              血、
        血

『弱い奴には興味は無いよ』

 ヨワイヤツニハ、キョウミハナイヨ。

 ドクン
 ドクン
 ドクン

「…神楽…?」
 目が薄ら開く。「寝ぼけたのか…?」
「う、うるさいネ、銀ちゃんのイビキがうるさくて起こされただけアル」
「そーかい、そりゃ悪かったなぁ…」
 ゴロリ、寝返りをうち背を向ける体。そのまま、動かなくなる。早鐘を打つ心臓は止まらない。

 ハハハハ、ヨワイヤツニハ…

 思わず手を伸ばす。肩甲骨、余り暖かさが感じられない。
「寝れねぇのか?」
 小さな声。
「…」
「こっち来な」
「…男は皆狼アル」「誰がてめーみたいなチンクシャ娘襲うかよ。ったく…こちとらお前に起こされたってのに」
 頼むから寝てくれよ、明日も仕事なんだからよ。ホレ、入るんなら入りな。
 招き入れられた布団の中は確かに暖かい。神楽は顔を覆う。男は背を向け、むこうを向いたままだ。
 強くならなければ。護らなければ。護らなければ。喪いたくはない。如何したって何があったって失えない。私が護る。私が。あの男を、殺してでも…
 鼻を啜る音。男は寝たふり、背中にしがみつく温もりにも気づかないふり。
 

 ねぇ阿伏兎、今頃あの男何してるかなぁ、ちゃんと俺の言いつけ通り修行してると思う?ねぇ、どう思う?俺さぁ、知っての通りかなりのせっかちだから、好物のオカズ早く食べたくて仕方ないんだよね、ていうか何でこんな忙しいの?元老は何でこんなに俺達をこき使うのかな、どう思う?
「…知らねェよ」
「あれ、疲れてるね。そんなに今日キツかった?雑魚ばっかりなのに」
 そういう青年は何処も彼処も血塗れ。
「いや、そうじゃなくてよ…しつこい」
「え?」
「その台詞、もう何十回聞かされたか知らねーや。あん時からずっと、毎日のように聞かされてる気がする」
「そうだっけ?」
 だって、凄い楽しみなんだ。久方ぶりの獲物だよ、ワクワクするね。
「天下の春雨第七師団団長さんに狙われてる身となりゃあ、震え上がって今頃逃げ出してんじゃねぇのか」
「あの男はそんなタマじゃないよ。俺の目に狂いは無い」
 …これまた、スバラシイ惚気っぷりで。
「アンタだけには好かれたくないだろうね、世の人達も。カワイソウに」
「アハハ、酷いな〜。大丈夫、俺、阿伏兎のコトも嫌いじゃないよ?」
「へーへー、元老を黙らせる手駒として好いてるってね」
「そう拗ねないでってば」
 にしても、楽しみだなぁ。次暇になるのはいつかなぁ、あ、でもあんまり早いと、修行の時間も無くなるよね。加減が難しいなぁ〜ソレに、ココから地球は遠いし…。しかもさぁ、カレ、絶対人好きのする男だよ。地球産であの強さはそうそう居ないだろうし、俺の他にもカレに目星付けてる奴が居たっておかしい話じゃない。参ったなぁ、先越されたりなんかしたら、怒って皆殺ししちゃうかもしれない。やだなぁ、俺のなのに、あの男は。やっぱり囲っておけば良かったかな、攫って、三ヶ月ぐらい猶予与えて修行させてさ、食べちゃうの。ソレにすれば良かった。失敗したかも
「…はぁ」
「また溜息?駄目だよ、溜息なんかついちゃぁ。幸せが逃げるんだよ?」とケラケラ笑いながら云い、ちゃっかり我らが団長サマは空気をすうううっと吸っている。それで、俺が吐き出した幸せとやらは吸収しているつもりらしい。馬鹿だ。
「よし、阿伏兎の幸せも吸ったコトだし、俺の幸せゲージが上がったハズだね。願わくばあの男が死にませんように。やれやれ、本当に俺も苦労するよ」
 よく言うぜ、団長…

 

 

 

 

 

愚痴も謂うまい悋気(りんき)もせまい 人の好く人持つ苦労