(ええいままよっ!!)


 左の道に曲がった!!とその瞬間、路地の向こうに現れた影、あのウザイ長髪…桂である。
 確かに数分前に銀時が伸したはずだが、もう復活したらしい。
「うわはははは、残念だったな銀時ィ!お前の事なぞこの俺には全てお見通しだこのバカがァ!!」
 行く先を塞いで、通せんぼする気だ。チッと舌打ちし銀時は走るスピードを落とさずに、路地の傍らに投げ出してあった鉄パイプを目ざとく見つけ素早く片手に取る。そしてダダダダと走りながら振りかぶる。桂が驚嘆の声を上げた。
「何だと…鉄パイプだと!オイ貴様!このバカ!」「何ですか何か用ですかバカ」「鉄パイプなど一体何に使う気だ!まさかこの旧知の友である俺を昏倒させようという企みではないだろうなこのバカ!」「そのまさかですよバカ」ゴーンと思いっきり頭に鉄パイプを振り下ろす。常人ならば死んでいるだろうが生憎相手は狂乱の貴公子桂小太郎である。長年の腐れ縁によって桂が銀時の選ぶ道が分かったように、銀時もまた桂の丈夫さを嫌という程知っている。まぁそれでも容赦せずにやったので死んでるかもしれないが、それはそれでいいと思ってる銀時である。酷過ぎる。
 そして路地の突き当たりを右へ。すると今度は後ろから坂本の声。
「金時ィィィィ待ちやァァァ おんしゃぁもう完全にわしらによって囲まれちゅうがァァァァ!!大人しく投降しちょき、そうすれば命までは奪いやーせんんんん!!!」
「げっ辰馬…!」
 実はこの男坂本、トロそうな風貌で脳みそプリンなオトボケ男だが、身体能力は抜群に高いのである。そんな男に、しかも今この女の姿で、追いかけっこして勝てるワケが無い!案の定、ケツにロケットブースターでもつけているかのような見事な加速っぷりで、あっという間に銀時の真横に追いついた。この儘坂本が手を伸ばせば捕まえられるしかない。
(クソッ…何かいい方法は…!!!)

 だがどうにもおかしかった。その、銀時の真横に並んだが故に銀時を追い詰めたも同然の坂本が、いつまで経っても何もしてこないのである。無言で隣を走っているだけなのである。や、そりゃね、もう相手の首根っこ引っ掴めば捕まえられるんだから、何かアクション起こしてくるでしょ。仲良くジョギングしてるんじゃないんだから。
 何やってんだコイツ、と銀時が隣の坂本に目をやると、何と坂本は銀時の胸を見ているのである。おっぱいをガン見しているのである。走る振動に合わせてユサユサ揺れているおっぱいをガン見しているのである。つまり、坂本は銀時を捕まえる意思などてんでどっかに行ってしまったのである。今はただボインボインと揺れる胸を凝視する事で精一杯なのである。
「…おおお、しっかしまっこといいオッパイやき〜…まずい、鼻血ば出るろーアッハッハ〜!!ひでぶ!!」
 無言で銀時は走るスピードを緩めないまま路地の片隅にあった巨大なポリバケツを抱え上げ傍らの坂本の顔面に叩きつけた。坂本はズシャアアアアと昏倒し、よっしゃ振り切った、と銀時は何らの罪悪感をも持たずに走り続ける。

 そしてまた路地を曲がる、…するとそこに立っていたのは。
「………新八…!!!」
「…ここまで来ると思ってました。桂さんも、坂本さんも潜り抜けてきたんですね」
 静かな声で真摯に銀時を見る彼は、このハチャメチャ面子の中でも、まだ、というかかなり話の分かる奴である。常識人だしツッコミ役だし、この少年なら見逃してくれるやも、と思い銀時は立ち止まる。
「新八、オメーなら分かんだろ。こんなの間違ってるだろ、こんな世界間違ってる。ミニスカだーなんだーって耐えられねェんだよ俺ァよ…俺の侍魂が悲鳴を上げてんだよ」
「分かってます」
 新八の首肯に、銀時はほっと安堵の息を吐き出した。
「なら…」しかしその瞬間新八の目線はフッと逸らされた。「…分かってます、銀さんの苦しみは僕にもよく分かります、分かってるけど…ここであなたを逃がしたら今度は僕が姉上に殺されるんですゥゥゥゥ!!」続いて新八の絶叫。「今だァァ!!神楽ちゃんんんんん!」
「…なっ…!!」
 新八の声を合図に、頭上の屋根からバッと網を持って飛び降りる影。「銀ちゃん討ち取ったりィィィィ!!!」神楽である。避ける間もなく銀時はまんまと神楽の網に捕らわれてしまう。ジタバタ暴れても神楽がその持ち前の怪力で網の端目をしっかりと握っている為、逃げる事が出来ない。代わりに絶望に打ちひしがれた銀時の叫び。
「新八ィィィィ!!!テメー裏切りやがったなァァァ!!」
「だからね、銀さんここで逃がしたら今度僕が姉上に殺されるんですって…スイマセン、僕の為に生贄になって下さい」
「神楽ァァァ!!テメーもだ、銀サンがどうなってもいいの!銀サンもうブラジャーとかパンティー強要されて辱められたら主人公じゃ居られなくなるよ!」
「そしたら私とアネゴが主人公ネ。さっきそういう密約をアネゴと交わしたアル、だから安心して逝くヨロシ」
「ざけんなァァァァ!!銀サンとあの凶暴怪力メスゴリラとどっちが大事なんだテメェらァァァァァ!!!」と、途端に銀時のすぐ脇をゴガァァァァンとドラム缶が飛び掠める。顔から5センチも離れていない距離を、ドラム缶が。てかドラム缶って重いよね、転がすならまだしも投げるとか、ホント投げられるとか出来んのアイツしか居ないよね…とサアアアアと顔色を青くしていく銀時に、当人のものと思わしき声が。
「…ウフフ〜その凶暴怪力メスゴリラって一体誰の事なのかしらね〜銀さんったらホントおちゃめさんなんだから」
 振り切ったはずなのに、もう追いついたらしい。このニコニコ大魔神が来ればもう完璧に逃亡は不可能であった。
 …終わった。銀時は観念しグスッと嗚咽を漏らした。
 こうして銀時の逃亡計画は失敗に終わった。

 

 

 

***

 

 

 

 そして結局、キャバクラ・スナックすまいる。予想通りのコースである。
「ホレ、金時!酌ばせんと〜わしらァお客様がでよ〜アッハッハ!」
「そうだぞ、銀時。しっかり職務を全うしろ、それとも貴様、お客に逆らうとは職務放棄か?ん?」
「ち、ちっくしょ〜……!」
 テーブルに座っているのは案の定桂と坂本である。客である。そしてこの二人の間に挟まれ小さくなりワナワナ屈辱に拳を震わせている銀時は今、相変わらずの女の姿でゴスロリの格好である。無理矢理妙に着せられた格好である。
 ───早い話が、妙にスナックすまいるに売られたのだ。万事屋なんてプー同然な仕事するより、こっちで稼いだ方がよっぽどマシだわ、これからここで働きなさい。何とも無茶苦茶な理論である。
「金時〜次は腹踊りぜよ〜!!おんしの腹踊りわしらに見せとおせ〜アッハッハ!!」
「おお、そういえばふざけてよく腹踊りやってたな。よし、お前がやるなら俺も此処は一肌脱ごうじゃないか!!」そういってその端整な顔の鼻の穴に割り箸突っ込んで真顔でアラエッサッサァァァァ!!!とか何とか全力で叫んで全力でどじょう掬いの真似をし始める桂である。恥ずかしすぎる。え、何コレ、帰りたい。

 結局こうしてあの摩訶不思議なクスリの効き目が切れ、変身体質が戻るまでスナックすまいるで働き続けた銀時、もう不憫としか言い様がなかった。
 そしてやっと元の生活に戻り安堵してから三日も経たない頃、またも坂本が「アッハッハ〜!!またあのクスリ貰ってきたき〜、さ、金時、コレ使ってまた女に…そしてあのおっぱいを今度こそわしに…」とか言いながら両手をワキワキして鼻の下を伸ばして銀時にアヤシイクスリをかけようとしたので、銀時は身も心も夜叉に立ち返り容赦なく坂本をブチのめす。クルクルモジャモジャサングラス男の死体がかぶき町で発見されたかはその後定かではない。

 

 

 

 

おわり!