篝火揺ら揺ら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「…其の道を取るには危険過ぎる、と云って居るだろう、高杉」
 闇の中で犇く声。葉が風に擦れる程の囁きであるが、其の裏には確実に隠しきれない激情が潜んでいる。故、男は其れを聞いてくつくつとこうして哂っている。
「平凡過ぎる。こうでもしなきゃ敵の裏はかけねぇ。御前の其れは戦術とは呼ばねぇ」
「そもそも銀時一人突っ込ませるとは何事だ!御前は殺したいのか、彼奴を…何て事を」
「フン。死なねぇよ。夜叉はな」
 ───嘲笑。憎い、此の男が…

 

 

 

 

 

 


白月煌煌

俺が隣に居ないと。
「それであの人の遺志を継いだとでも?」
俺があの男を。
「それであの人に成った心算か」
俺が
「手前の其れは勝手な御都合主義。あれを利用して其れであの人に成り切っただけ…」
 どう足掻いても御前は俺達が見上げているあの月にはなれやしねぇし手さえ届かないハハ呪いのようだとは思わないかあの男も御前もあの人の幻に必死にしがみつき…

「…其れは御前も同じ事だろう、高杉」
 何故御前は人を切り刻む其の刃で己をも傷つけるのか。夜叉を利用している俺達は共犯者の癖に。

 

 

 

 行くなと止めた。奴は狂っている。正気の沙汰では無い、だから行くなと。
 然し白髪は憮然と微笑んだだけで、戦地に消え。何処に行くかは解っていた。奴の策に載る気だった。其の知名度故に其の戦闘能力故に一人で先陣をきり囮となり一人で暴れ周り正気の沙汰ではない。奴もこの男も狂っている。どれも皆狂っている。

「よォ、シケた面してんなぁヅラ」

「…何故」
「俺が死ぬ訳ないデショ?」
 返り血を浴びた唇は赤く、そして、ニイと笑みを形作った。その凄艶な笑みを前に、力無く微笑みを返す男の顔は疲れきっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 白銀の刃に血は好く映える。

だから男はこの色を背負って生まれてきた。

だからこの男はこの色を着ている。

だからこの男の双眸は血の色をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

篝火揺ら揺ら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜に眼が醒めた。
 厭な夢を見たが何の夢だったかは忘れた。
 月を見たくなった。
 外に出た。
 廊下を足音も立てず歩くと、部屋から声が聞こえた。
 憤怒と憎悪を滲ませた声。誰の声かはすぐに解った。そして障子の隙間から眼を覗かせると、案の定闇の中で銀の光が哂っている。

 

 何故帰って来た。
 今日こそ地獄に帰る絶好の機会だったのに、こうして俺が態々与えて遣ったのに台無しにして

 なぁに云ってんだ、俺が帰ったら泣く癖に

 化け物風情が

 クク、俺に夜叉になれって云ったのは、一体何処の誰だったっけ?何怒ってんの

 

 

 手前には一生解らねェ理由でだ

 

 

 

 そうして組んず解れず上になり下になり縺れ合う二つの影。幽玄の月光を照り返す硬質な白銀が、微かな笑声に震えた。響く艶かしい吐息。桂は耐えられずにその場を静かに後にする。

 

 

 

 

 泣いているのは誰だ。
 嘆いているのは誰だ。
 怒っているのは誰だ。
 狂っているのは誰だ。

 何かを問えば必ず答えを返してくれる人が居た。今は居ない。声だけが耳に錆付いて離れぬ。ただ此れは誰の声だ?

 

 

 

 

 

笑 い 声

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

切れて呉れなら切れても遣ろう 逢わぬ昔にして返せ