夕闇がやってくる。
夏ももう終わり。短い夏。証拠に随分と涼しくなってきた。
縁側に出ると、素振りをしているあの人と眼が合った。上半身は裸だ。鍛えられた身体に、汗が滲んでいる。私は、思わず眼を逸らす。
「…すいません、お邪魔ですよね」
否、丁度休もうと思っていた所だ。
小さな声で呟き、縁側に其の儘腰掛ける人。気を遣ってくれたに違いない。私は少し赤面してしまい、少し距離を置いて隣に座る。
うまく行かない。彼の妨げにだけはなりたくないのに。
あの子が羨ましい。男の子が羨ましい。健康なあの子が羨ましい。そうしたら、いつまでも隣に居られるのに。
「…総ちゃんと、近藤さんは?」
聞くと、二人で出掛けた、という答えが帰って来る。折角可愛い弟を迎えに来たのに、擦れ違いになってしまったらしい。
沈黙。
秋の気配を感じさせる、少し冷たい風が吹く。この調子では、もうそろそろ金木犀の馨が漂い始めるだろう。
蝉の声は遠い。もっと近くで鳴いてくれなければ、この心臓の音が彼に聞こえてしまうかもしれない、とふと思う。
ちらりと視線をやる。彼は、沈み逝く夕日を見ている。
ずっと見ていられたらいいのに。何かを、誰かを、羨んでばかりの私。
「…蛍は好きか」
突然の声。眼を瞬かせ、そして答える。
「好きです」
彼が、私を見た。ぶつかる視線。
「今度、見せてやる」
鳴き止む蝉。
どうして、男の子って、こうなんだろう。
風が吹く。彼の髪を靡かす。そうして私は悟る。
───遠くない未来、この人は遠くへ行く気なんだ。こんな田舎に留まっているような人じゃない。この人には夢があるから。
風が吹く。彼の髪を攫ってゆく風。
私は男の子になりたかった。
そうしたら、きっと。でも、もう叶わない。
だから私は蛍になりたい。
蝉も蛍も短い一生。それは一緒。でもね、私は蝉より蛍になりたい。小さくとも、微かでも、あなたを照らす光になりたい。振り向いてくれなくてもいいの。振り向かせるための声なんか要らない。ただ、あなたの傍に寄り添う光に。
想いを告げなきゃ。
きっと優しい此の人は、私を連れていかないだろうけど。
でも蛍なら蛍なりに、最後まで輝かなきゃ。
そして、笑顔で見送らなきゃ。
風が吹く。
夏が、終わる。 |