したためてある文を、破った。醜い。彼の事を何も知らぬ癖に。どうせ彼の何時もの気紛れに極まっている。そうとも知らずに、まさか愛されていたとでも?許さない。
「…激しいでござるな、また子殿」
 いつでも冷静ぶる此の男は厭わしい存在に他ならなかった。
「───弾丸その頭にブチ込まれたいっスか」
「まさか。そう怒らなくても良かろう、拙者は事実を述べただけでござる」
 なにが事実だ。
「晋助さまを呼び捨てにするなっス。アンタ、馴れ馴れしいっスよ、本当」
 男は声も無く哂っただけで、話を逸らす。
「文には何と?」
「…ただの負け惜しみの恨み言。晋助さまが本気になるワケないのに、何を勘違いしたのか、捨てられたのにも気付かずに恨み言の手紙ッスよ。傾いた積もりか知らないが都都逸まで送りつけてきて」
 どうせ相手にされたのは彼のほんの一時の気紛れに極まっている。許さぬ…名も顔も知らぬ色街のおんな。
「…ぬしは晋助が好きか」
「晋助さまの為なら、この命惜しくもないっス」
 いつか、振り向かせてみせる。彼の一番になってみせる。彼の闇を取払ってみせる。似蔵のようなヘマはしない。彼に近づく者には容赦しない。あのおんなのように、彼にただ縋りつき陰気な文を送りつけるような真似はしない。自分には銃がある。紅い弾丸と畏れられるその名を背負って、あの方の隣に居る資格が、彼の盾として散ろうとも、彼を護る資格が己には在る。
「そうか」
「あの人は私が護る。アンタも、余計な真似したら即座にドタアぶち抜くっスよ」
「護る、か。ぬしには同情する」
 また子が顔を歪めた。
「…何?」
「拙者も同感だ。しかし同情する」
 男は、ゆっくりと口を開く。その目はサングラスに阻まれ見えない。

 ───果たして、晋助が其れを望んでいるだろうか、とは思わぬか。


「…イミ分かんない事言うなっス」
「晋助は亡霊に取り憑かれておる」
「…亡霊?其れは誰の事…」
 男は答えぬ。後ろに、微笑を湛えた隻眼が立っている。首筋に刃をいつの間にか突きつけられている。くつくつと哂うその声は、闇にもよく響き渡り沈んで逝くかのよう。ぴ、と音を立て、サングラスの男の首筋に刃が沈む。
「面白い事言うじゃねぇか、万斉。俺の居ない所で。なぁ?」
「陰口に聞こえたならば謝る」
「───御喋りしてる暇があるんなら、精精刀の手入れでもしておけ。おっ死んでも知らねェぜ」
 そうして踵を返し、相手の薄皮一枚剥ぎ取っただけで刃を鞘に納める男。また子はその背中を追いかけ声を張り上げた。
「晋助さまァ!あんな女、相手になんかしてねーっスよねェ!あっちが勝手に勘違いしてるだけっスよねぇ?!」
「ぎゃんぎゃん喚くな」
 振り返りもされず立ち止まりもされず冷たくあしらわれ、ぐ、と詰まるまた子。後ろで万斉は其れを静かに見ている。
 キっとまた子が振り返り、万斉に掴み掛かり怒鳴った。八つ当たりである。
「笑うなっス、万斉!」
「…笑ってなどおらん」
「じゃあ見てんなっス!」
「ぬしを見てはおらん。拙者は晋助を見ていた」
「だ〜か〜ら〜ぁ 晋助さまを呼び捨てにするなァ!好い加減にしないとアンタを射撃の的にしてやるっスよ!」

 ぎゃあぎゃあ喚くまた子、掴みかかられても表情を崩さぬ万斉。そこで隻眼は静かに無表情の儘一度振り返り、二人に目を向けた。

 彼の右目に幻視が映る。

 温い風が吹く。と同時に、隻眼は幻視に背を向け一人また闇に向かって歩き出した。

 

 

「……    」

 

 

 

 

 

 呟きは誰の耳にも届かぬ儘、隻眼の姿は闇に融け消ゆ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小唄都都逸なんでもできて お約束だけ出来ぬ人