「ねぇ、ひまだって。なにやってんの?」
「今日の講義の復習だ。銀時はやらぬのか?」
「つまんねーもん、そんな事しても」
 あめあめあめ。やだなあ。外に行けねー
「高杉の所へ行けば好かろう。其処で寝ッ転がってるアイツも暇を持て余しているはずだぞ」
「ヅラと遊びたいの。『馬鹿過ぎ』なんて知らねーよ」
「ヅラじゃない、かつr「んだとコルァァァァァ」
「…馬鹿過ぎ、うるさい。耳がキーンってした」
「誰が『馬鹿過ぎ』だ!それ云うならてめーだろ!」
「違うね!絶対おまえだね!」
「髪も頭ん中もクルクルパーなてめーに云われたくねぇよ!」
「やんのか馬鹿過ぎ!」
 ガタガタどたどた!
「おまえら、好い加減にしろ。うるさいぞ。先生に云いつけるぞ」
「ヅラは黙ってろ!」「こんのチクリ魔!」
「…見事にハモりおって」
 がらっ
 アレ、随分うるさいと思ったら、また君達ですか。喧嘩ばかりしてると、怖いおばけが来ますよ。
「どうしてですか、先生。怖いおばけはどうして喧嘩すると来るんですか」
「そう決まっているからですよ。ちなみに名前は喧嘩両成敗おばけと云います

「あ、しょーよーったらまた適当なこと云ってる。ヅラ、ダマされんなよ」
「敬語を使え、敬語を!」
「あーもー、馬鹿過ぎはイチイチうるさいんだよ〜」
「うるさいのはてめーだろうがァ!」
 コラ、喧嘩は止めなさいよ二人とも。…それはそうと、晋助さん、小太郎さん、ご家族がお迎えに来てますよ。玄関にいらっしゃるから、もうお帰りなさい。
「はい。ホラ、行くぞ馬鹿過ぎ」
「さり気にオメーも云ってんじゃねぇよヅラ!覚えとけよお前ら!」
「るせー さっさと帰れ」
 高杉はまだ何か喚きながら、桂にずるずる引きずられていって姿が見えなくなった。
「さ、銀時。もう晋助さんと喧嘩をしないって、先生と約束して下さい。もう君たちと来たら、いつもいつも喧嘩ばかり…」
「おれ、悪くねーもん」
「ほら、もうしませんって、指きりげんまんして」
 ぷい、と銀時はそっぽを向く。格子窓の隙間から、親子二組の姿が見えた。
 桂とその母親。お互い微笑みあって、相合傘をし、歩いてゆく。
 高杉と、その兄、そして母親。高杉がぎゃあぎゃあ何か喚いていたが、兄に頭に拳骨されその場に蹲る。さっさと歩き出す母親の傘に走って入りこみ、それでも何か口答えしているらしい。
 銀時が眼を向けている光景に気付いた大人は、正座していた足を崩し、静かに立ち上がった。

 …銀時。もう夕飯の準備をしましょう。お腹空いたでしょう?手伝って下さい。
「…うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…しょーよー。もう寝た?布団、そっち入って好い?さ、…寒いから」
「寝てませんよ。どうぞ、銀時」
 もぞもぞ、とやってきて、ぴたりと身体にくっつく。
「あれあれ、寒いという割には、身体はポカポカですが…」
「…」
「夕方にした、こわ〜い喧嘩両成敗おばけの話でも思い出したんですか?」
「ち、ちげーよ!」
「図星ですね」
「…」
「それと、人恋しくなったんでしょう」
 ぎゅ、と子供は無言でしがみついた。これは子供の肯定の合図だ。
「なぁ、どうして…」
 寝屋の闇の中で、銀糸と、大人を見据える子供の紅の眼だけが。

 どうして。おれには家族が居ないのかな。

「…」
「高杉にも、ヅラにも、帰る場所があって…どうしてかな」
 気付いた時には独りで。

 大人は、子供と出会った時を静かに思い出す。野を埋め尽くさんばかりの屍骸の山、鴉が五月蝿く喚き立てる中で、その色彩だけが異彩を。放っていた。孤独に。
『屍を喰らう鬼が出る』
 何の事は無い。
 出たのは、可愛い、こうして孤独に震え、しがみついて来る只の子供だ。

「貴方には、小太郎さんや晋助さんがいるでしょう」
「高杉の奴は、おれのことがきらいなんだ」
「違いますよ。彼は彼なりに、貴方を気遣っているだけです」
 むしろ彼が、あそこまで意識している相手、というのは珍しい。
「怒らない人の為に自分が怒ったり、泣けない人の為に自分が泣いたり、そういう事が出来る子です。だから優しい。誰よりも」
「?分かんないよ、しょーよー」
「そうですね。彼の優しさは分かり辛い…でも貴方なら。貴方や小太郎さんなら、分かるはずですよ」
 ねぇ、銀時。
 家族というのは、何も血が繋がっていなくちゃあいけない、というものではない。自分にとって大切な人…その人が、自分にとっての家族になるんです。
「だから、貴方の家族は居る。大切な友達が、貴方の周りに居るはず」
 子供は、大人を見上げていた顔をくるりと反転させ、背を向けた。
「ヅラはともかく、あんな奴、友達じゃない」
「おや、そんな意地を張っていると、今度こそ本当に喧嘩両成敗おばけが来ますよ」
 子供は返事をしなかった。その代わり、鼻を啜る音。
「…泣いているんですか」
「う、…ひぐっ…泣いてないやい…うっ」
「そっち向かないで、こっち向きなさい。おばけと目が合ってしまいますよ」
 途端に、ぎゅうっとしがみつく体温。
 子供が泣いたのを初めて見た。不謹慎と分かっていながら、大人は苦笑まじりの顔を隠しきれない。
「私は、貴方が大切です、銀時。とても大事な人。私は貴方の事を家族だと思っています。でも、それは私だけ?貴方は、私のことが嫌い?」
「…ひっく…う…」
「泣いてちゃ分かりませんよ」
 大人は優しく子供を抱き返す。
「誰も貴方の事を嫌ったりはしない。貴方は孤独ではない。周りに皆居ます。私も居る。ずっと一緒です、みんなみんな…だから泣き止みなさい。私の家族の、かわいい銀時」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<sepia-intoccabile>造語。触れられない懐古、侵すべからざる過去、暗褐色の死の匂い
20100131 恭