パトカーから降りて、自販機の前に立つ。酷く寒い。だから、何か温かい飲み物でも飲もうと思う。
 千円札を入れて、缶珈琲のボタンを押そうとした瞬間、背後からにょきっと現れた手が、おしるこのボタンを押した。
「…」
 土方は、振り向く。矢張り、白髪頭だ。ガタン、と出てきたおしるこの缶を取って、しかもお釣りまで勝手に取って。
「オイ、…何やってる」
「奢ってくれてありがとね〜有難くいただきまーす」
 ヒラヒラ手を振って去ろうとするのを、奴のマフラーをがっしり掴んで妨害する。
「待て。お釣り返せ。そしておしるこの金返せ」
「ブホォォッ!!!マフラー引っ張るんじゃねーよ、噴いちゃったじゃん、おしるこ」
 ボタボタおしるこを口から垂らして、汚い。土方は嫌な顔を隠そうともしない。
「だから、金返せっつってんだよ。何勝手にイロイロくすねようとしてんだ」
 狡獪な白髪は、しらっと無視して話をずらす。
「ねェ〜それより聞いてよ、そこのマヨ警官。俺、今年チョコ4コも貰ったから。スゴクね?スゴクね?」
「今見廻り中だ。邪魔すんじゃねぇ、公務執行妨害で逮捕すんぞ。それと金返せ」
「何カッカしてんのよ。あ、もしや、今年一個も貰わなかったとか?僻みか、僻み?悪いね〜銀サンモテモテでぇ〜」
「チョコなら腐るほど貰った。食べても食べても減らねー位にな…だから金返せ」
 そういう土方の顔は、すっかり憔悴しきっている。
「な…嘘つくんじゃねーよ、その顔は、チョコ一個も貰えないで人生に絶望しきった顔だよ、どう考えても」
「俺ァ、テメーと違って甘いモンは好かねぇ。かといって放置しておけば悪くなる一方、減らそうと思って三食チョコにしてるが、マヨネーズかけてもしつこい甘さが消えねぇ…てか、もういいから金返せ」
「バカじゃねーの?バカじゃねーの?チョコにマヨなんざ合うワケねーじゃん!つか、んな取り合わせにするから気持ち悪くなるんだよ!」
「…そうだ、テメェが居たな。糖分ヤロー」
 土方が、真摯な顔で、がしっと銀時の両肩を掴んだ。
「あによ。キモい。離れろ」
「チョコやるっつってんだよ。頼むから、全部食べてくれ」
「だ、誰がテメーのおこぼれなんざ貰うか!人ナメんのも大概にしろよゴルァ!」
「顔と台詞が見事に一致しとらんぞ」
 銀時の顔は、スバラシイ歓喜の笑顔に満ち溢れている。
「あとでテメェんち宛てにチョコ全部送りつけといてやるよ。満足だろ」
「るせーよ、絶対要らねぇから、そんなん!!ホント、止めて!」
「ああ、そうかい。の割りには、顔にデカデカ『糖分要ります絶対』って書いてあるけどな」
 まだ何か言おうとしている銀時の手から、おしるこの缶と釣銭をひったくる。
「御代はコレの回収で勘弁してやる。分かったらさっさと俺の前から失せろ」
「んだとォォォォ!!あんな、何回も言うけど、お前の残りモンのチョコなんざ要らないから!送られても絶対ェ食べねーからな!」
 全く、うるせぇ野郎だ。土方は声には出さず一人笑いながら、パトカーに乗り込み、車内で待たせていた部下に車を発進させる。白髪の声もすぐに聞こえなくなり、姿も見えなくなり。雪がちらついてきた。
 手元の缶を指で叩く。素直じゃない男だ。最後に捨て台詞も、どうせつまらない見栄だろうに。クク、と堪えきれずに笑うと、運転手の部下が、不思議そうに訳を問う。
「何でもない。ただの思い出し笑いだ」
 そう言って、土方は缶を呷った。生温く甘い液体が、喉をゆっくり下っていく。
 ああ、甘い。いつまでもしつこく残る。いつまでも、口内に。身体に。…だから、甘いモンは好かねぇんだ。内心で呟いて、土方は缶をぐしゃりと握りつぶした。
 かぶき町に、雪が降る。車も、すぐにその白の中に消えていった。

 

 20100214
 恭