高杉は、手を伸ばした。
「銀時」
 白い髪、白い肌、白い着物。全身白に着飾った男が、ゆっくりと振り向く。ただ、その両目と、べったりついた返り血だけがくれなゐの色をしている。高杉の姿を認めると、無邪気な子供のように嬉しそうに声を弾ませた。
「ああ、高杉か。豪くご無沙汰じゃねぇの」
 寒気がするほど凄艶な笑み。白髪は、返り血のついた自分の口元を、ぺろりと赤い舌で舐めた。
 辺りは闇。足元には夥しい死体。全員幕府関係者、そして天人。無傷の白髪は、一人、狂気を滲ませた静謐でうつくしい微笑。
「…」 
「コソコソ俺を探していたようじゃねぇか。噂は聞いてるぜ、何でも、万事屋だとか」
 そう言って、持っている刀を高杉の方へ振るって。斬撃は来ない。しかし、刀にこびり付いていた血飛沫が、高杉の頬にまで飛んできた。笑顔のまま、血に塗れた凄惨な格好で、歩み寄ってくる。
「万事屋ねェ…つくづく、御前は面白い事ばかりするよなぁ」
 ───なぁ、何考えてんの?人助け?それで、償いのつもり?こんな世界、もう存続する意味も無いってのに。
「…手前を探していた」
「アラ、晋ちゃんたら、俺に会いたかったワケ?」
「ここ最近多発している、テロ。幕吏が惨殺される事件。全て、手前の仕業だろう」
「だったらどうする?」
 …斬る。己の弱さに負け、憎しみに負け、全て忘れて獣に堕ちた手前は、見るに堪えられない愚物だ。最期に、この俺が直々に引導を下してやる。あの人の顔に泥を塗る手前…全て壊すと宣まう御前…醜悪な獣に成り下がった御前…俺が、この手で、殺す
「御前がそれを俺に言うのか?どうせテメーも俺と同じ穴の狢だろ。仲良くしようぜ」
「…一緒にするな…」
 白髪が哄笑する。
「酷いねェ。寝食共にしたかつての盟友を、容易に殺すと言ってのけるかィ。本当に、この世は地獄だ。修羅しか居ねェ」
「抜かせ!」
 高杉が、抜刀した。鞘を滑らせ、そのまま勢いを殺さず斬りつける。だが、その瞬間には白髪は既に姿を消している。
「………!!」
 居ない。何処に居る。
「この目…」
 背後からの声。気付いた時には、ギリ、と両手を後ろに縛り上げられていた。息を呑む。後ろ手に捻られた自らの腕はビクともしない。持っていた刀が落ちる。
「治らなかったの?それとも治そうとしなかったの?」
「ッ…ぐっ…、手前が…やったんだろう、が!」
「嗚、そうだったね。別れ際に、俺が奪ってやったんだった。すっかり忘れてた」
 クスクス哂って、更に腕を捻り上げ。痛みに、高杉が唸りを上げた。
「ァ!」
「クク、色っぽい声。苛めたくなっちゃうよ、銀サン」
 俺さァ、もう疲れちゃったんだよ。『護る』とかいう言葉、クダラナイ、飽き飽きしちゃって。だって、何やっても結局変わらないんだよ。俺は生まれた時から、物心ついた時から、自我を持った瞬間から、刀を持って屍骸の上を独り歩いていて。血塗れでさぁ、消えないんだよね。そんで、他人の命を喰いモンにして生きてる。あの人に出会った時はね、ああ、コレで俺も変われるかな、と思ったけど、駄目だったね。皆俺を残して往っちゃうんだもん。だからやっぱり俺は、血に塗れて、独りで、屍骸の山の上を歩いてる。それが真理。それだけ。俺の居場所は其処だけ。だから、壊すだけ。壊して自分の居場所を造るだけ。
「今日はね、俺、機嫌いいの。だから見逃してあげる」
 そう云って、高杉の項に後ろから獣さながらに噛み付いて。皮が破れ肉まで歯が到達し、血が噴出す感触。高杉が堪らず声を上げ、身体を震わす。
 今日は、これで勘弁してあげるから。ね、優しいでしょ俺?ウン、御前の事好きだから、サービスね…でも

「次会ったら、殺すよ」

 ぞっとする程甘い声音。
 そして闇が去る。辺りに散らばる濃厚な血の匂い…自らのものも。残った痛みは消えぬ。高杉は、項を押さえながら、空を見上げた。───朝は、まだ、来ない。

 

 

 

 

 20100215  恭