曇天の雲は重たく滞って圧し掛かってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、裏切り者だ」

 



「仇を討とうともしない」

 

 

「あの人が殺されたっていうのに、逃げ出して」

 

 

「結局、残ったのは俺達だけじゃねぇか」

 

 

「なぁ、どうしてだ?」

 

 

 喋る声。それでも銀髪は、刀を抱え蹲り俯いた儘、墓から動こうとしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何処へ行ったの」

 

 


「…銀時。いい加減何か食べないと」


「ねえ、アイツ、何処行ったのかな。待ってるのに来ないんだ」


「銀時」


「ずっと待ってるのに」


 抱きしめる腕。その腕すらも震えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何処へ行くのと聞いた。桂は「天国へ行った」と行った。天国は何処にあるのと聞いた。早く行きたい。早く会いたい。其処に行けば会えるの、どうやって行けばいいの。ねぇヅラ教えてよ。俺頭悪いからわかんない「お前も俺も、生きなければならない」

 わかんないよ、ヅラ。どうして泣きそうなの。

 何処に行ったの、しょーよーせんせい。もう言う事ちゃんと聞くよ。つまみ食いもしないしいたずらもしない、高杉とケンカもしないよ。おれ、いいこだよ。
 ねーってば。返事、しろよ。なんで、土の中で寝てるの。おれ、さむいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白髪は三日三晩墓に蹲りまるで墓守の様子、そこから動かず、食べ物も殆ど食べない。桂が気を遣って甘い御菓子を持ってきても、見向きもしない。全てを焼き尽くす業火を間近で見たのは彼の筈なのに、高杉が知らせを聞いて家を飛び出し死に物狂いで道を走り漸く到着した頃合、あんなに敬愛していた師は桂の手によって土の中だった。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焼け跡から木屑、炭化した残沫がはらはら、風にのっては消えていく。それと共に、高杉の中で、何かが剥落していく。縦裂し横裂し共に消散してゆく何か。曇天の彼方に消えていく。
 甲斐甲斐しく銀時に付き添う桂。全てを目撃し全てを理解している筈なのにそ知らぬ顔で墓守を引き受ける銀時。引き裂かれていく。亀裂。断裂。霧消。全て塵芥と化し宙に舞う。そしてバラバラになる。何奴も此奴も、高杉は。表情が。どうすればいいのか。何かが枯れてしまったように、何かが死んでしまったかのように、「は…は…」妙に乾上った声、ああ此れは笑声だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ざり、足元の砂が鳴る。
 黙って彼はこちらを見る事もせず、その音だけに聞き耳を立てている。

 

 

「家を捨てる。絶対、許さない。俺は仇を討つ」

 

 

 

「ヅラも来るってよ。お前はどうする」

 

 

 

 返事は、無かった。代わりに、俯いて影になった闇の底で、微か瞬く暁光。
 高杉はしゃがみ、両手を彼の頬に添え、無理矢理顔を上げさせた。ああ、お前の瞳もこんなに乾涸びている。

 

「人の話を聞く時は、人の眼を見ろって。習わなかったか?」

「……わから、ないんだ……」

 

 声は掠れて、高杉の耳朶に響いた。名前を呼ぶ。高杉を見る眼がある。
 白銀糸を掻き分け、額に唇接けた。あの人がしてくれたように、あの人が彼にしてくれただろうに、優しく。頬にも。瞼にも。そして其の儘、唇にもそっと触れた。先生は唇には触れなかったのに。これ以上、口を開かなくてもいい。考えなくとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が、護ってやるよ」

 

 

「あの人は、お前が幾ら待ってももう来ない。もう居ないから」

 

 

 

 

俺が、お前を、護る。

 

 

 

「だから、来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 するり、と離れ、手を差し伸べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永遠にも見えた時間の後、やがて少年は高杉の手をとる。そして、其の儘、高杉の手に強く引っ張りあげられ、少年は立ち上がった。───そして、歩き出す。


 高杉が手を離し、少年に背を向けても、彼は後ろから付いて来る。村塾の焼け跡を通り過ぎても高杉は前だけを見据える。頭上には、曇天一転、血のような昏い夕空。烏が頭上を喧しく飛んでいく。


 桂が待っていた。幾分か大人びた表情で、じっと高杉と銀時を見つめる。高杉が無言でその横を過ぎると、彼も黙って歩き出した。影が三つ。


 烏が一際高い声で啼いた。銀時だけが立ち止まり、そっと後ろを振り返る。赤光に、眼を細める。風が吹いた。灰が飛んできて、頬を優しく撫ぜた。


 銀時の脳裏に、蘇る声。出会いの声。世界に色が点った日。
 覚えてますかと風が急かす。

 


 わすれねぇよ、ばかだな。
 俺には、アンタが教えてくれた、それしか無いから。

 

 


 刀を振るう用意なら出来ている。高杉が、前で立ち止まっていた。立ち止まって、黙って、銀時を待っている。その横に、桂も居る。銀時は前を向いた。
「お前になんか、護って貰わねーよ。俺、つよいから」
 だって、俺が、オメーら、護るんだからな。


 それきり、後ろを振り向かなかった。それ以外、方法を知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

20101008