木が爆ぜる乾いた音が鋭敏になった聴覚に煩く、寒い筈なのに先の戦闘で火照りきった身体は其れを全く感じさせない。
 男は真赤な口を開け轟々と燃え盛る炎を見詰めるだけだ。其の瞳と同じ色に、其の白い装束と白い肌にこびり付いた返り血と同じ色に燃える炎を。

 冷たい風が吹いた。周囲の木がざわめき出し、ひらりと舞い落ちた枯葉が何処からともなくやってきて炎に飛び込む。一瞬で灰燼と帰した枯葉を貪り弄びながら、炎は笑ったかのように紅蓮の身体を妖艶にくねらせた。
 男は静かに見ている。夜は一面の薄墨色である。

 

 

 

 

「思い詰めた顔しやがって」

 男は振り向いた。が、彼は相変わらず地面に寝そべり片肘を付きその上に頭をのせた格好で、男に背を向けている。男は溜息を吐きうんざりと答えた。
「…してねェよ、馬鹿」
「嘘吐け」
「お前、俺の顔見てねェだろうが」
「手前の事なんざ態々相対しなくとも手に取るように分かる」
 兄弟よりも或意味近しいとも云えるであろう間柄を、男はこういう時に実感しそして憎らしく思う。
「…な〜んでよりにもよってお前と野宿かねぇ…」
 夜空を見上げながら呟くと、直ぐに不機嫌そうな低い声が返ってくる。
「誰かさんが手っ取り早く首魁の首取って来るっつって単身本陣に乗り込もうと大暴れしやがったからだろ」
「オメーも賛成してノリノリだったろ。俺だけに責任なすりつけんじゃねぇ」
「俺は賛成はしてなかった。ただこんな所で生ける武神白夜叉様に死なれても困るんでな」
「俺が死ぬとでも?鬼兵隊ほったらかしにして其れで態々総督自ら俺のお守りに付いてくれたワケ?いい迷惑だな」
「彼奴らはどっかのバカと違って頭がキレる。俺一人が欠けた所でも冷静に動いて確実な戦法を取り確実な功績をあげる」
「…兎も角だ。俺は一言もお前について来いお守りしろ援護しろとは頼んでない」
「じゃあアレには気付いてたのか?独りで突っ込んでくるお前に対して包囲網が敷かれていた事。俺が襟元引っ張って引き戻さなきゃ、お前の身体は最新兵器で今頃蜂の巣で木っ端微塵」
「…」
 沈黙が完全なる敗北の紛れも無い証拠であった。男がひき笑いで続けた。
「…俺はたまにテメーをぶっ殺したくなるよ」
「へぇ。俺はいつもだ」

 ───…其のツラ。炎見て昔の事でも思い出したか?

 彼は、くるりと身体を反転させて男を見、男が黙ってその視線を上げ彼を正面から静かに見据えた。
「…火の番しろっつったのはオメーだろ」
「火の番って顔じゃあ無ェ。それとも何だィ、『飛んで火に入る夏の虫』の如く、火に魅せられたとでも?」
「む、虫と一緒くたにすんじゃねぇッ!」
「恋しいんだろ?あの人が」
 翠の双眸がじっと男を見ている。
「…変な勘繰りすんじゃねぇよ。んなのあーだこーだ後ろ向きにウダウダ考える性分じゃねぇだろ俺ァよ」
「何時も夜中に魘されてる癖に」
「…知らねー覚えてねー」
「嘘ばっかりだな、手前は」
「煩ェな…俺にどうしてろってんだよ。口喧しいヅラじゃあるめーし、こんなに詰問して一体何がしてェんだ」
 ちらりと彼は男を一瞥し、そしてのそりと起き上がってじりじりと男に歩み寄った。
「俺ァてっきり、同じ様に炎に焦がれればあの人の元へ行けるとでも手前が勘違いしてんじゃねぇかと思ってな」
「俺はまだ生きたいデス」
「あの人は天国だろうが御前の行く先は地獄だ。鬼の居場所は昔から其処だと相場が決まっている」
「だから、人を勝手に殺すんじゃねーよ!俺は死にませ〜ん、世界中の甘味食べつくすまで僕は死にましぇ〜ん」
「…ふん、ふざけろ」
 彼は答えず噛み付くように男に接吻した。

 

 どう足掻いても御前は独りだ。
 ならば。俺は?

 

 

 火は燃える。
 あの人を奪ったのもこの炎だ。この燃え盛る炎だ。
 数多の同志を奪ったのもある時はこの炎だった。
 今日も多くの命の火は燃えた。燃え尽きた。

「手前の火はどんな強風でも消えそうにない」
「分かんねーよ?ホラ、俺、案外カヨワイし?」
「…(…どの口が…)」
「いいんだよ。点けてくれんだろ?」
「…」
「俺の火が消えそうになったら、点けに来てくれんだろ?今日みたいによ」
「───甘えんじゃねぇ。手前の炎なんざ俺がいつかかっ消してやる」
「酷ェ!」

 


 炎に焦がれたいならば勝手に焦がれるがいい。
 …だが、俺以外の手によって勝手に消えるなんざ許さねェ。

 


 

たったひとつの命のあかり 昏れりやあなたがつけにくる