「鳥渡失礼。入れてくんねぇ」 声に振り向くと案の定白髪頭が傘に入ってきた所だ。ぎょっとする間もなく、今度は傘を手からさっと引っ手繰ってゆく。 「はいよ、じゃあコレ借りてくね。どーもあんがと」 がしっ 「待てやコラ。なに人の傘パクろうとしてんだてめーは」 「や、今時レディファーストならぬ銀サンファースト流行ってっからね、マジ」 「嘘つけェェェ!んなの流行るかァァァ!!!」 「ちぇ、るせぇなぁ。わーったよ、しゃーねーから相合傘で我慢してやるよ」 渋々言う銀時は、土方の手に傘を押し付けた。 「ハイどーぞ。持って」 …いやいやいや。 「お前、何様?」 「俺様、銀時様」即答。 …いやいやいや、だから。 「おかしいだろ、人の傘に入れて貰ってる分際で」 ずい、銀時に傘を押し返して。 「…あによ、俺に持てってコト?」 「当たり前だろ。これぁ俺の傘だ、俺のモンであっておめーのモンじゃねぇんだ」 「やだよ、手ェ悴んでもう動かないもん」 銀時は鼻の頭を赤くし、赤いマフラーに口元を埋ませ、両袖を合わせて白い息を吐いている。長い間外にでも居たのか。そもそも、降雪が大々的に予報されていたこの日に、傘一つ持たずに外を徘徊する事自体間違いだ。 「…傘、忘れたのか」 「ちげーよ、店の軒下に置いといたらパクられた。泥棒め、許さん」 そう言えば、銀時から酒の匂いが馨ってくる。店というのは飲み屋の事だろう。 目が合う。同じ傘の下に居るだけ、距離が近い。 「そう言うてめーこそ、珍しく私服じゃねぇの。どうしたよ」 「…今日はオフだ。夜だけな」 「ふぅん。じゃあ飲みに行こーよ」 まだ飲みに行く気か。しかもタカる気だ、この晴れ晴れしい笑顔は。 「奢らんぞ、俺は」 途端にぶーたれる顔。 「へーへー、全く尽忠報国のお役人の癖に、国民には厳しい事で」 「いいから持て、傘」 相変わらず傘を持っているのは土方の手なのである。道理に反している事この上無い。 「ホント、冷てぇのな。…暖めてくれんなら、持ってやってもいいけど」 「は?」 銀時が土方の手から傘を奪う。 「だから、暖めて」 「…」 「上から握って。手」 「はぁ?」 「持って欲しいんだろ?俺に、傘。そしたら持ってやるから。じゃないと、今ここで傘捨てる」 「…」 つまり、上から手を握れ、と。 …いやいやいや、だからね。 「おかしいだろ。つか、気持ち悪いだろ」 「んなの知るか。寒いの。寒くて手ェ出せねェの。いいじゃんそん位、折角譲歩して持ってやるって言ってんだから」 銀時の目は据わっている。完璧酔っ払いの剣幕だ。 ワケの解らぬまま、とりあえず土方はおずおずと手を伸ばし、傘を持っている銀時の手の上に自分の手を重ねた。冷たい。軽く握る。 てか、やっぱおかしいよね、コレ。てか、マジこれ意味ないじゃん、結局俺も持ってんじゃん、傘。 微妙な顔をしている土方を見もせず、銀時は満足げな顔で少し口元を綻ばせている。 「あったけー。いいなぁ。お前、平熱いくつ?」 「…三十六度七分」 「いいねぇ、健康そうで。俺なんか五度代よ。しかも朝起き立てなんかは四度代っつー超低体温。加えて低血圧に冷え性だし」 「もうジジイなんじゃねーの?」 「あ、言いやがったな。うっわ、マジ今ので銀サン傷ついた。慰謝料として今晩の飲み代を請求します」 「だから奢らねーっての」 ひでーなぁ。本当に冷てーの、土方は… 擦り寄ってくる。猫を連想する。 「…オイ」 「寒いんだって。俺だってヤローになんざ寄り付きたくねーよ」 それとも、周り気にしてんのか?誰も見ちゃいねぇさ。傘で隠れてる。 ふらり、とよろけた身体、腰に手を回して咄嗟に支えた。今にも眠り込みそうな顔だ。睫に雪が乗っている。どちらも目映い白銀。 「あ…悪ィね」 「大丈夫か。もう帰れ、調子悪いんじゃねぇのか」 「帰れだぁ?冷てぇ奴。こんなに寒いっつってんのによォ」 寄りかかる体温は確かに冷たい。土方の首筋に、銀時の吐息が当たる。 ───暖めてくれ。何だっていいんだ、暖めて欲しい。 「…本気か」 「何度も同じ事言わせんな」 「いいんだな?」 「…うっさい…」 弱っているらしい。本当に寒さの所為なのか如何かは知らないが、この男のこんな姿は希少価値がある。 後悔するなよ。 呟いて土方は銀時の顎に指をかけ、顔を近づけた。周りに見えぬよう傘を沈める。低い天井、暗い視界、
雪が闇に融けてゆく。
そのまま二つの影は、かぶき町の路地に消えてゆく。 |
重くなるとも持つ手は二人 傘に降れ降れ夜の雪