水底に居る。水底に居る。水底に居るから。息が出来ない。進めない。眼が開かない。誰も居ない。俺一人。俺一人。一人。ひとりで。此処は何処、其処は水底。底は水底。水底だから苦しい。此処は綺麗?うつくしい?蒼の世界?いいえ、辺り一面腐臭と鉄錆の匂いと何かが焼ける匂いと。紅の世界。赤い世界。底は綺麗?其処は綺麗?いいえ水底。水底に居る。如何して水底に居る。如何して。気付いた時から。生まれた時から?分からない。でも水底。水底に居る。光が見える。あれは誰?どうして手が届かない。水底だから。待ってる。誰かを待ってる。貴方を待ってる。あなた。水底で。水底に居るから。ずっと。手が届かない。水底だから。手を伸ばして。そうしたらきっと届く。あの光に届く。水底。水底だから。水底でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…怖い夢でも見ました?」
「………分かんない」
「忘れてしまいなさい。ホラ、くっついて。足が冷え切っている」
「せんせい」
「はい」
「あのね、」
「はい」
「…どこにも行かないでね」
「行きませんよ、あなたを置いてなんか。不安になったんですか?」
「…」
「私の手。暖かいでしょ?あなたの手を今握っている。私はここにいますよ、あなたが眠るまで、こうして手をにぎってますから」

 

 

 じゃあ、俺が眠った暁には。
 貴方は手を離して行ってしまうのか。

 

 

 

 

「怖い夢でも見たか。みっともなく魘されやがって」
「…覚えてねェ」
「昔の夢でも見たのか?」
「覚えてないっつってんだろ」
「ハハ。さっきまでの手前、見物だったぜ。手前が地獄におくった天人たちに見せてやりてぇもんだ」
「止めろよ…」
 白髪は汗で張り付いた前髪も払わず、手で顔を覆う。返って来ると思っていた軽口が無い事に、男は内心驚く。
「フン」
 髪振り乱して。呻いて。喘いで。…好いザマだよ
「眠りたくねぇんだろ?忘れさせてやるよ。声出して、啼いて縋ってみろ」
 嗚、御前は、忘れろだとか、忘れるなだとか、そんな事ばかりを平気な顔して云うんだな。酷い男。優しすぎる男。指を取って、爪を、がり、甘噛みする男。

 

忘れてしまいなさい。

 


「あ、…あ」


 手、とどかないよ。せんせい。
 にぎってくれるんでしょ。まだおれ、寝てないのに。

 

忘れてしまいなさい。

 


 ずっと見続けなければならない夢。
 傍に居るって云ったじゃないか。これは悪い夢?

 

 

 


 

水底に居る。水底に居る。水底に居るから。息が出来ない。進めない。眼が開かない。誰も居ない。俺一人。俺一人。一人。ひとりで。此処は何処、其処は水底。底は水底。水底だから苦しい。此処は綺麗?うつくしい?蒼の世界?いいえ、辺り一面腐臭と鉄錆の匂いと何かが焼ける匂いと。紅の世界。赤い世界。底は綺麗?其処は綺麗?いいえ水底。水底に居る。如何して水底に居る。如何して。気付いた時から。生まれた時から?分からない。でも水底。水底に居る。光が見える。あれは誰?どうして手が届かない。水底だから。待ってる。誰かを待ってる。貴方を待ってる。あなた。水底で。水底に居るから。ずっと。手が届かない。水底だから。手を伸ばして。そうしたらきっと届く。あの光に届く。水底。水底だから。水底でも。

 

 

 

 

 

 

忘れてしまいなさい。

 

 

 

 



 だから、俺は、そうして記憶の中の貴方を切り刻んでゆくしかないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20100202