どよーん。
そんな擬音がふよふよと周囲を漂う土方を取り巻く空気はハンパ無い程淀みまくっている。デスクに腰掛けて俯いていると、肩をトントンと叩く指があったので一応は振り向くと案の定指が頬にふにっと刺さった、相手が彼以外ならブチのめしている頃合。
「元気無いじゃないか。どうした?」 と覗き込んでくる幼馴染(といっても年上)を見上げた。
「近藤さん」
「銀時から聞いたよ。コンビ解消だって?」
「…」
「いやぁ、良かったじゃないか。アイツ腕は確かなんだが何にせよメチャクチャなヤローだからな、お前の事心配してたんだよ。散々お前も愚痴言ってたじゃないか、あんな男の部下なんざ真っ平だってな」
「…」土方の微妙な顔にも近藤は気づかないらしい。───で、銀時からはこうして俺がオマエの事頼まれてるワケだ。長年一緒に過ごしてきた幼馴染の仲だ、これからも宜しくな
「ああ」
とりあえず、近藤の人の好い笑顔を見ているだけでも少し心が落ち着く気色がする。差し出された大きな手の平、握り返そうとすると「あー土方さんが浮気しようとしているゥゥゥゥ!!!」
…人災が来やがった、土方の眉間の皺がピクピク痙攣し始めた。
署内に響き渡る程の大声に、場はしんと静まり返っている。それも近藤と土方の間を裂くように横入りしてきたのである。ぷるぷる憤怒に震えていると元凶はぷくくくと不愉快に含み笑いしながらコッソリ耳うち、固まっている体をツンツン。気色悪い。
「旦那に言ってこよーっと。土方のバカが近藤さんに乗り換えようとしてるって」
「…」
「あ、今、俺を捨てたのはアイツの方だ、とか思ったでしょ。甘ェなぁ土方さん、今までさんざ調子に乗って旦那の事イジりまくってきたのは何処のドイツでしたっけ」
「…」
「というワケで嫌われてても捨てられても仕方ねーでしょアンタ。今まで調子に乗ってきたツケが回ってきたんでさァ」
「…」
「それと、風の噂で聞いたんですが、元はといえばアンタ自分からあの人とコンビ組ませてくれって上層部に掛け合ったんだって?」
「…」
「じゃねーと顔どころか成績も素行も優秀、上の方々にも矢鱈滅鱈と気に入られてエリート街道まっしぐらのアンタがあんな滅茶苦茶な人と組めるワケがねーもんなぁ」
「…」
「そんなにあの人の事が好きかィ土方ぁ。敬愛だか思慕だかホントの恋愛の念だか知れたモンじゃねーやとは思ってたが、これじゃあまるでホントに旦那の事を」
それが限界だった。何のって…だから、主に、堪忍袋の。
ただし無言で手加減無しコロス気満々の裏拳を繰り出しても全てさっと避けられる。
「酷ェなぁ土方さん、カワイイ部下に対していきなり容赦無しの裏拳は無ェだろィ」
「うるせェェェ!!!死ねェェェェ!!!」「ま、まあまあ。落ち着けトシ」と左肩をポンっと近藤「落ち着いてられるかァァァァ!!!」「まあまあ。落ち着けトシ」と右肩をポンっと沖田、「テメーは呼び捨てにすんじゃねェェェェ!!!」「あ、だから危ないってェェェ!トシっ総悟っコラっ止めなさいっ」
正に一触即発、というかもう乱闘始まっちゃってるしコレどうすんのコレ収拾つかないよねコレ、近藤があたふた慌てて間に入り込むと沖田と土方の拳の餌食になってめきょ、とイヤ〜な音がする。ちーん、死んだ。
「近藤さんんんんん!!!」とこれ見よがしに沖田。
「ウグ…いいパンチだったぞ…総悟…トシ…強くなったな…グボォ」死んだ。
「おのれぇぇ土方ァァァ!!よくも近藤さんを!」
「いやいやソレテメーも同罪だから!テメーのパンチも片棒担いでるから!」
ギャアギャア騒いでいると、そこにたまたま通りがかったらしく例の人物の姿が土方と沖田の視界に映りこんだ。
「…何やってんの、キミら。ゴリラ死んでるけど何があったの」
そして傍らには、月詠というこれまた美人のエリート刑事が居るワケである。コロリと沖田は手品のように笑顔を携え男に向ける。
「あ、旦那。その方が新しい相方ですかィ?これまた何ともボンキュッボンでうつくしい、何ですかィ、お二人は一体どういう間柄で?」
「うるせーよ小学生かオマエは。同僚に決まってんだろ、ぶっ飛ばすぞ」
それよりその足元のゴリラの死体、埋葬するだの何だのして片付けとけよ、と言う声も土方の耳には何処か遠く聞こえるのである。がーん、がーん、がーん、何でか知らんが頭の中で鈍い鐘の音が響き渡っている。頭が痛ェ、半ば呆然とした顔で黙っているとカツカツと銀髪は近づいてきて、
「何だよ、らしくもねぇボケ面しちゃって。熱でもあんの?」
「…」
何を思ったか。そう、何を、思ったのか。
土方のおでこに、コツン。
「熱…は無ェか。オイ、調子悪ィなら帰れよ。その上司ゴリラ引き摺って」
な、なななななななァァァァ!!!!何だ何だコレどういう状況だァァァァ!!!!と声にならない声、ぱくぱく、口から声は出ない。
「ホーント、手間かかるコだねぇオメーさぁ。扱いづれぇ、これ以上手間かけさせんなよ、もう俺直属の部下でも何でも無ェんだからさぁ」
「ガキ扱いしてんじゃねぇぇぇ!」と威勢良く言い返したのは兎も角、この距離の近さを改めて再確認したのが最後、なぜか土方は一目散に跳退がる。
「んだよ人の事バイキン扱いしやがって。熱測ってやっただけだろ。おでこコツンって」
「…っっっ」
そう言えば吐息がかかるほどの距離だった。睫が白かった、目がじっと俺を…と思い返したのが間違い、土方はなぜかダダダとその場を走り去る。「アレ?土方くーん?」呆気にとられたのは白髪である。
「…何アレ。反抗期?」
「や、反抗期ってか…アレは旦那が悪ィと思いまさァ。あの熱の測り方は幾らなんでもナイでしょ」
「や、普通ああやって測るもんでしょ。俺ずっとそうやって測って貰ってたけど。大学で独り暮らし始めるまで」
だとしたらとんでもねぇ育ての親だ、と考える沖田である。沖田は正しい。というか白髪は本当にイロイロとおかしい。土方も相当アレだがこの男も相当なつわものである。
「───銀時。そろそろ行かんと遅れる」傍らの月詠が小声で嗜め、白髪は頷いた。
「おう。…ちゅうワケで、俺行くわ」
「旦那、」
「ん?」
呼び止めたものの沖田の口からはそれ以上の言葉は出てこなかった。元より考えてみれば土方の気持ちを代弁しなければならない謂れは何処にも無かった。
気の迷いだ。
故に沖田は訝しげな男に「次、コンビは俺と組んで下せェ」とにっこり告げ、そしてアッサリ、オメーとは絶対ヤだと断られる。
「…ぬしも因果というか、…兎角鈍い男じゃのう」
「ああ?」
「まぁ、わっちにとっちゃ如何でも好い事ではありんす」
と言いつつ、彼女は胸の中に蟠る何かに気づいている。じくじくと膿んだように突然痛み出したのだ。其れは何時からか、先程までは平穏其のものであった筈なのだが。
「…土方の事?ああ、アイツね。なーんか知んないけど、俺、すんげぇ嫌われてんだよね。コンビ組み始めた時から何かと突っ掛かってくるしよォ、気分屋でよくわかんねーんだよ。この間もコンビ解散宣言して喜んでくれるかなぁと思ったらすんげー不機嫌になるし、今も熱測ってやっただけなのにあの仕打ちだぜ。ムカツク」と言いながらも、彼があの男を気に入っているのも知っている。
「───さ、仕事」
月詠は顔を逸らし、ぐるぐると渦を巻く腹の虫に蓋をした。さて、その巣食い虫の名は何ぞや。知らぬ人やはあるべき?
あはれさらば 忘れてみばや あやにくに 我がしたへばぞ 人は思はぬ
進子内親王 -
風雅和歌集 -
※とりあえずこの銀時は先生に大学まで付かず離れずべったり育てられたようですね
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