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 刑事と言っても中身はテキトーそのまま。ただ昔からは矢鱈滅鱈と勘だけは当たるのなんの、冗談交じりでも気になったヤツ捕まえてちょちょいと詰問してみればまさかの参りましたの白状の一言だとかアホらしいとは思ってたが。野生の勘が随分と好いらしい、というかハナが利くのか。どちらにせよ人間業じゃねぇだとか何だとか言われるモンだし、この見目ツラの珍しさも祟って、気味が悪ィだの何だの陰口ばかり叩きやがる。うぜえ。その癖俺が犯人黙って捕まえてくりゃあチヤホヤチヤホヤ面倒というか何ともまぁ人間ってこんなモンだよなぁとしみじみ頷かざるを得ない。ここには人生の縮図が詰まっているとすら考えられる。つまる所人間肝要なのは寛容さだってコトでしょ、ってのが俺のこの二十数年間の人生で学んだ事でございますぅ敬礼びしっ。
また妙に懐いてくるのがコイツ、このドーベルマンみたいなヤツ。懐くってか一方的にライバル視されてるカンジだけど、俺の何コか年下ですんげーエリート、将来有望らしいがこぉんなテキトーの代名詞俺様の部下って事にされちまってカワイソウったらありゃしねぇ。その自覚もあるらしく本人も機嫌が悪いというかまぁいつもこんな目つきの悪いヤツだけど?でも彼は俺の事嫌ってても俺自身はそこそこ彼の事を気に入ってさえするのがまた大問題、だって真っ直ぐすぎる瞳。
「…何すか」
「なに」
「じっと人の顔見て。俺の顔に何かついてますか」
「目を見てただけ。真っ黒だねぇ。黒すぎて青味がかってるようにも見えるよコレ」
 漆黒と形容するに相応しいオニキスの双眸だ。更に接近ししげしげ見てると可愛い部下は物怖じもせず馬鹿にするように笑う。そういうトコが生意気。
「俺の目なんざ珍しくないでしょう、坂田さんに比べれば」
「誰も見てねーよ今。俺相手には敬語使いたくないんじゃなかったっけ?」挑発すると猛禽類のような笑顔で「そうだな。そもそも俺帰国子女だから敬語使う習慣無ェし」このタメ口。ナマいってやがるよコイツ。ホントむかつくよコイツ。
「煙草吸っていい?」
「受動喫煙は体に悪いんですがぁ」
「怒ってんじゃねぇよ。挑発したのはテメーだろ?」
 俺と大変折り合いの悪いウエの方々には品行方正なこの男、俺がぐちぐち言いつけたところで信用して貰えず采配は自分にあるという事をしっかり熟知した上でのこの発言である。
「煙草は吸わねぇんだっけ?」
「煙いから好かねーんだよ。苦いしまずいし、俺甘党だから」
 早速煙たさに目を顰め車の窓を開けると今度はホシとバッチリ目があった。やべぇと思って即窓を閉めた。
「…どうした、センパイ」
「や、何かしんないけど今バッチリ目ェ合った。やべぇ気づかれたかも」
「じゃあもう早速逮捕してこいよ」
「何でだよ、オマエ逮捕の意味分かって言ってんの」
「超迷宮入りの難事件でも毎度アッサリ解決の坂田サンだろうが。ココで見ててやるから四の五の言わずに行って来い白鬼さん」
「その名で呼ぶんじゃねぇ妖怪ニコチンコが」
「誰が妖怪ニコチンコだ殺すぞ。…何でもいいから早くとっ捕まえて来い。目に魔力があんだって?署の奴らみーんな噂してるぜ、赤いおめめの白鬼さん」
「あいつら…」
「てなワケで魔性の目だか何だかしらねーが色仕掛けでも何でもいいからさっさと行って来いバカ」
「ふざけんじゃねぇぇぇ俺ァ男だァァァァ!!!」
 土方は煙草を銜えたまんまドカリと車内から俺を追い出す。ホシ泳がせて一味一斉検挙の予定だったんだが何かもう色々と取り返しのつかないところまで行っている気がする。ふざけんじゃねぇ、叫んで助手席のドア開けようとしても中からまさかの内鍵、スモークフィルム張った窓をガンガン叩いてみても中の様子は見えない、見えないけど中で絶対あんにゃろー笑ってるよコレ。ゲラゲラ笑ってみてるよこの様子、とんでもねぇ部下だ神様助けて。
 後ろからくつくつと密やかな笑い声が聞こえたので振り向くと男が笑っている。さっきまで見ていたようにカフェの店外に設置されたパリ風の豪奢なテーブルとチェアにゆったりと腰掛けて、珈琲か何かを飲み新聞を広げながらくつくつと笑っている。
「朝から騒がしいお兄さんだな」
「…どーも、お騒がせしております」棒読みである、すると、まぁ座れよ、と促されたので何かスゲー変な展開になったぞこりゃ困ったとか何とか思いながらとりあえず失礼しますと言って真向かい、空いているチェアに座った。だってコレ絶対この目の前の男、今の今までホシだぁ何だぁって見張りして尾行しようとしてたこのおホシ様捕まえないとあの無慈悲な部下中入れてくんないよねコレ。ていうか色仕掛けでも何でもいいってそもそも俺も男だし相手も男だしねコレ。
 と思いながら真正面から男を改めて見詰めると、またこれが何とも整った顔立ち、女なら何度も振り返ってぞろぞろ下半身が無意識に付いて行っちゃうような顔立ち。通った鼻梁、薄く形の好い唇、切れ長の瞳、またこの瞳が少し翠がかったような不思議な色合い。同性ながらも思わずまじまじと見蕩れてしまった程。周りに何故か美男美女(その代表格があの生意気な部下だ)が多い所為で美形は嫌というほど見慣れている筈のこの目でも瞬きしてしまう程、それは美貌というに相応しかった。
「珈琲飲む?」
「…や、いいです」
「そうだよな、何てったって筋金入りの甘党だもんなぁ」
 ぎょ、っと目を剥く。何で知ってんの何で知ってんのコイツ。
「───手前、坂田刑事だろ?ちょっとコッチの業界じゃ有名な刑事さんだよねェ。そんで今朝は遥遥此処まで何の用で?俺を尾行してると見て好いのか?」
「…ッ!!!」
「動くなよ」
 身構え椅子から跳び退ろうとするとジャキ、と世にも冷たい金属の感触がテーブルの下から腹部に突きつけられた。銃の感触。テーブルには繊細優美なレースの長いテーブルクロスが敷いてある。部下の乗っている車からは勿論外からは絶対に見えない絶妙の位置からこみ上げて来るゆるやかな殺意。冷や汗がたらりと額を滑った。
「相席したばっかだってのにつれねぇじゃねぇか。ゆっくりしていけよ」
「お生憎様、残念だが幾ら別嬪さんでも俺ァ男にベタベタすんのは好きじゃねーんだ」
「褒め言葉か?どうも有難うよ。俺も手前みたいな酔狂なヤローは嫌いじゃないぜ。なぁ坂田さん?」
 ぎ、と睨むと失笑が。
「前々からずっとアンタに一目お目にかかりたいと思ってたんだよ。俺のお仲間がアンタに大量検挙されちまってな。まぁ其れはどうでもいいんだが。丁度こっちでも処分しようとしていた雑魚だしな」
「…仲間の仇討ちじゃねーってなら何だってんだ?」
「だから、純粋にアンタに興味があるのさ」
 耳元に唇を寄せて囁く声がする。なぁ、今日の所は見逃してくれねぇか。
「嫌だと言ったら?」
「腹に風穴が開く」
「俺がお釈迦になったところで、彼処の車ん中に待機してる俺の有能で小生意気でカワイイ部下ちゃんがオメーのドタマブチ抜くだけの話だぜ?カレ短気だからね、マジ発砲するかもよ知らねーよ俺ァ」
「残念。その有能な部下、今頃車内で俺の部下に銃つきつけられてるぜ」
「…ハッタリを」「ハッタリじゃねぇさ」「音がしなかった」「そりゃあ、手前が動揺して気づかなかっただけの話。俺が一つ指示を出せばこうだ」
 銃を持っていない左手、一指し指を俺の脳天に向けて、ぱあん。…ナルホドね。そういうハナシね。顔を引き攣らせて頷く。
「てなワケで、刑事さんよォ、手前に選択肢はハナから無ェワケだ」
「…そうみたいですね」
「じゃあ今日は撤退頼むぜ?此処はイーヴンに仕切りなおしと行こうや。お互いの顔合わせも済んだ処で楽しく鬼ごっこ。十数えてからスタート、ってのと何ら変わりねぇ」
「…」
「手前が鬼。ちなみに鬼は一人だ。今日もみたく余計な輩連れないで今度は一人で会いに来いよ。息の根が止まる程愛してやるから」
 綺麗な笑顔を見るに、相当のサイコ野郎のようである。鳥肌が全身にびっしり立つほど嫌がる台詞を態々チョイスしてきやがる。ファッキン。
「…次会ったら殺すかんなマジで」
 せめてもの土産、呪い殺せるまでの憎悪を含んだ声で低く呟くと、返事をせず微笑して男は遠ざかる、と見せかけて最後に頬にキスまでしていった。どうにも気に入られたらしいが別に嬉しくも何ともない寧ろ更に身の毛がよだつほどの怒り…男じゃんだって。しかも犯罪者だし。あ、分かった。コイツ病気だわ。

 

 

 車に戻ると部下が随分と遅かったじゃねぇかオイコラ煙草無くなっちまったんだけどどうしてくれるとイチャモンを早速つけてきたので脱力した。
「…何か車内に乱入してきた誰かに銃押し付けられたりとか無かった?」
「はぁ?なワケねーだろ、俺ァずっと此処に居て煙草吸ってたぜ」
 ナルホド。俺ァこうやってハッタリかまされたワケだ。胡散臭いとは思っていたがどうにもこうにもまるで真に迫ったものをカンジさせるあの口八丁さといい厄介過ぎる。疫病神というのが相応しいだろう。というか思い返せばそもそもコイツ俺を締め出す為にドアに鍵かけてたよね。俺しっかりしろよ、あんな見目麗しくとも中二病末期みたいな目つきのガキに好い様にされてんじゃねぇよ俺。
「───で、オメーだけがのこのこ帰ってきたっていうのは、どういう了見だ。ホシは?」
 まさか逃がしたんじゃあるめぇな、とその目が語っている。ため息をつく。
「今日はもう解散。帰って俺は始末書」
「…はぁ?」
「ちょおっと、厄介な事になっちゃったんだよねぇ。今日はもうあがっていいよ、俺が上説得しとくから」
「どういう事だ。ちゃんと説明しろ」
「うーん…まぁあの人ホシじゃなかったんだよね」とウソ。そういう事にしておく。コイツ煩いし。ていうかエリートとはいえああいう輩相手にするにはまだ経験値が足りないだろうし、コンビも解消しなきゃねぇ。
「うん、コンビも多分今日限り解散かな。短い間だったけどお疲れさん、もっといい上司と組ませるようにそれも上に掛け合っておくから」
 あのクラスの野郎相手なら付き合いの長いヅラか、それか前に組んでた月詠か…悶々考えていると。
「…本気で言ってんのか」
 目を瞠る。アレ、何か意気消沈してない?どうした?
「や、本気だけどさ。どうした」
「…」
「オメーだって嬉しいだろうが、こんなちゃらんぽらんな上司、上司とは認めねーってずっと言ってたじゃん。願ったりかなったりじゃんバイバイ出来て」
「…ざけんな」
「なに?聞こえねーよオイ」
 耳を近づけると、ガッと胸倉を掴まれ噛み付かれそうな距離で噛み付くような形相をした彼が。
「ざけんなよ。いきなり今日限りでさよならだァ?俺ァ絶対認めねェからな。次言ったらブッ殺すぞ」

 オイ。どいつもこいつも何だってんだよ、俺の事皆バカにしてんの?

「え、ナニソレどういう事。何で俺ブッ殺されんの、だってお前、俺の事キライなんでしょ。将来の事考えたらそもそも俺なんかよりもっとちゃんとした上司についた方が」
「るせー死ね」
 そういって彼は車のアクセルを踏んだ。それきりだんまり。

 そして考える。あ、分かった。コイツも病気だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どよーん。
 そんな擬音がふよふよと周囲を漂う土方を取り巻く空気はハンパ無い程淀みまくっている。デスクに腰掛けて俯いていると、肩をトントンと叩く指があったので一応は振り向くと案の定指が頬にふにっと刺さった、相手が彼以外ならブチのめしている頃合。 
「元気無いじゃないか。どうした?」 と覗き込んでくる幼馴染(といっても年上)を見上げた。
「近藤さん」
「銀時から聞いたよ。コンビ解消だって?」
「…」
「いやぁ、良かったじゃないか。アイツ腕は確かなんだが何にせよメチャクチャなヤローだからな、お前の事心配してたんだよ。散々お前も愚痴言ってたじゃないか、あんな男の部下なんざ真っ平だってな」
「…」土方の微妙な顔にも近藤は気づかないらしい。───で、銀時からはこうして俺がオマエの事頼まれてるワケだ。長年一緒に過ごしてきた幼馴染の仲だ、これからも宜しくな
「ああ」
 とりあえず、近藤の人の好い笑顔を見ているだけでも少し心が落ち着く気色がする。差し出された大きな手の平、握り返そうとすると「あー土方さんが浮気しようとしているゥゥゥゥ!!!」

 …人災が来やがった、土方の眉間の皺がピクピク痙攣し始めた。


 署内に響き渡る程の大声に、場はしんと静まり返っている。それも近藤と土方の間を裂くように横入りしてきたのである。ぷるぷる憤怒に震えていると元凶はぷくくくと不愉快に含み笑いしながらコッソリ耳うち、固まっている体をツンツン。気色悪い。
「旦那に言ってこよーっと。土方のバカが近藤さんに乗り換えようとしてるって」
「…」
「あ、今、俺を捨てたのはアイツの方だ、とか思ったでしょ。甘ェなぁ土方さん、今までさんざ調子に乗って旦那の事イジりまくってきたのは何処のドイツでしたっけ」
「…」
「というワケで嫌われてても捨てられても仕方ねーでしょアンタ。今まで調子に乗ってきたツケが回ってきたんでさァ」
「…」
「それと、風の噂で聞いたんですが、元はといえばアンタ自分からあの人とコンビ組ませてくれって上層部に掛け合ったんだって?」
「…」
「じゃねーと顔どころか成績も素行も優秀、上の方々にも矢鱈滅鱈と気に入られてエリート街道まっしぐらのアンタがあんな滅茶苦茶な人と組めるワケがねーもんなぁ」
「…」
「そんなにあの人の事が好きかィ土方ぁ。敬愛だか思慕だかホントの恋愛の念だか知れたモンじゃねーやとは思ってたが、これじゃあまるでホントに旦那の事を」
 それが限界だった。何のって…だから、主に、堪忍袋の。

 ただし無言で手加減無しコロス気満々の裏拳を繰り出しても全てさっと避けられる。

「酷ェなぁ土方さん、カワイイ部下に対していきなり容赦無しの裏拳は無ェだろィ」
「うるせェェェ!!!死ねェェェェ!!!」「ま、まあまあ。落ち着けトシ」と左肩をポンっと近藤「落ち着いてられるかァァァァ!!!」「まあまあ。落ち着けトシ」と右肩をポンっと沖田、「テメーは呼び捨てにすんじゃねェェェェ!!!」「あ、だから危ないってェェェ!トシっ総悟っコラっ止めなさいっ」
 正に一触即発、というかもう乱闘始まっちゃってるしコレどうすんのコレ収拾つかないよねコレ、近藤があたふた慌てて間に入り込むと沖田と土方の拳の餌食になってめきょ、とイヤ〜な音がする。ちーん、死んだ。
「近藤さんんんんん!!!」とこれ見よがしに沖田。
「ウグ…いいパンチだったぞ…総悟…トシ…強くなったな…グボォ」死んだ。
「おのれぇぇ土方ァァァ!!よくも近藤さんを!」
「いやいやソレテメーも同罪だから!テメーのパンチも片棒担いでるから!」
 ギャアギャア騒いでいると、そこにたまたま通りがかったらしく例の人物の姿が土方と沖田の視界に映りこんだ。
「…何やってんの、キミら。ゴリラ死んでるけど何があったの」
 そして傍らには、月詠というこれまた美人のエリート刑事が居るワケである。コロリと沖田は手品のように笑顔を携え男に向ける。
「あ、旦那。その方が新しい相方ですかィ?これまた何ともボンキュッボンでうつくしい、何ですかィ、お二人は一体どういう間柄で?」
「うるせーよ小学生かオマエは。同僚に決まってんだろ、ぶっ飛ばすぞ」
 それよりその足元のゴリラの死体、埋葬するだの何だのして片付けとけよ、と言う声も土方の耳には何処か遠く聞こえるのである。がーん、がーん、がーん、何でか知らんが頭の中で鈍い鐘の音が響き渡っている。頭が痛ェ、半ば呆然とした顔で黙っているとカツカツと銀髪は近づいてきて、
「何だよ、らしくもねぇボケ面しちゃって。熱でもあんの?」
「…」
 何を思ったか。そう、何を、思ったのか。
 土方のおでこに、コツン。
「熱…は無ェか。オイ、調子悪ィなら帰れよ。その上司ゴリラ引き摺って」

 な、なななななななァァァァ!!!!何だ何だコレどういう状況だァァァァ!!!!と声にならない声、ぱくぱく、口から声は出ない。

「ホーント、手間かかるコだねぇオメーさぁ。扱いづれぇ、これ以上手間かけさせんなよ、もう俺直属の部下でも何でも無ェんだからさぁ」
「ガキ扱いしてんじゃねぇぇぇ!」と威勢良く言い返したのは兎も角、この距離の近さを改めて再確認したのが最後、なぜか土方は一目散に跳退がる。
「んだよ人の事バイキン扱いしやがって。熱測ってやっただけだろ。おでこコツンって」
「…っっっ」
 そう言えば吐息がかかるほどの距離だった。睫が白かった、目がじっと俺を…と思い返したのが間違い、土方はなぜかダダダとその場を走り去る。「アレ?土方くーん?」呆気にとられたのは白髪である。
「…何アレ。反抗期?」
「や、反抗期ってか…アレは旦那が悪ィと思いまさァ。あの熱の測り方は幾らなんでもナイでしょ」
「や、普通ああやって測るもんでしょ。俺ずっとそうやって測って貰ってたけど。大学で独り暮らし始めるまで」
 だとしたらとんでもねぇ育ての親だ、と考える沖田である。沖田は正しい。というか白髪は本当にイロイロとおかしい。土方も相当アレだがこの男も相当なつわものである。
「───銀時。そろそろ行かんと遅れる」傍らの月詠が小声で嗜め、白髪は頷いた。
「おう。…ちゅうワケで、俺行くわ」
「旦那、」
「ん?」
 呼び止めたものの沖田の口からはそれ以上の言葉は出てこなかった。元より考えてみれば土方の気持ちを代弁しなければならない謂れは何処にも無かった。
 気の迷いだ。
 故に沖田は訝しげな男に「次、コンビは俺と組んで下せェ」とにっこり告げ、そしてアッサリ、オメーとは絶対ヤだと断られる。

 

 

「…ぬしも因果というか、…兎角鈍い男じゃのう」
「ああ?」
「まぁ、わっちにとっちゃ如何でも好い事ではありんす」
 と言いつつ、彼女は胸の中に蟠る何かに気づいている。じくじくと膿んだように突然痛み出したのだ。其れは何時からか、先程までは平穏其のものであった筈なのだが。
「…土方の事?ああ、アイツね。なーんか知んないけど、俺、すんげぇ嫌われてんだよね。コンビ組み始めた時から何かと突っ掛かってくるしよォ、気分屋でよくわかんねーんだよ。この間もコンビ解散宣言して喜んでくれるかなぁと思ったらすんげー不機嫌になるし、今も熱測ってやっただけなのにあの仕打ちだぜ。ムカツク」と言いながらも、彼があの男を気に入っているのも知っている。
「───さ、仕事」
 月詠は顔を逸らし、ぐるぐると渦を巻く腹の虫に蓋をした。さて、その巣食い虫の名は何ぞや。知らぬ人やはあるべき?

あはれさらば 忘れてみばや あやにくに 我がしたへばぞ 人は思はぬ
          進子内親王 - 風雅和歌集 -


※とりあえずこの銀時は先生に大学まで付かず離れずべったり育てられたようですね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 理論派ではない、頭も悪い。だが代わりに鼻がよく効く勘が滅茶苦茶当たると定評。

「───銀時?」
 どうした、と不審げに訊ねる声にも躊躇せずに助手席から飛び出した。悪ィ、ちょっと知り合い見かけたから先戻ってろ、これはウソ。
 今日は星がよく見える。頭上で飛行機が飛んでいるらしくゴオオオとけたたましい音。
 薄汚い路地は嫌いだ。部屋は至極汚いと評されても存外に、というか妙なところで綺麗好きでもある。コレ終わり次第シャワー浴びなきゃ、考えながら後ろ頭に拳銃ジャキっと突きつけて、手っ取り早いのはこの方法だった。

「見ーつけた」
「見ーつけられちゃった」
 肩を竦める動作は随分と演技染みていた。相変わらずふざけた男だった。
「…あのね、少しは慌ててくれる?ホールドアッププリーズだよ、ファッキン」
「相変わらず口悪ィ刑事さんだな」
 さして慌てる様子も無く、男はクク、と笑いながらゆるゆると振り向いた。対峙する姿、またこのアヤシイ瞳が光る光る。猛禽の類かお前は。
「ハイ、こうして俺に見つけられちゃったワケだし、年貢の納め時ねコレ。大人しく捕まってくれるかな?イイコだから」
「今日は独りか。あの男はどうした」
「や、話聞いて」
「あ、そうか。今一緒に行動してんのは月詠とかいう美人だったか。失敬失敬」
「…」
 気味の悪い男だった。人の話聞かないし。
 だから、ガン、一発。夜に響く。麗貌を掠めた弾丸は、髪の毛一筋奪って後ろの木肌にめり込んだ。
「あのね、コレ本物だから。分かってる?自分の置かれてる状況。俺、最近テメーの所為ですっごく機嫌悪いんだよね、そこんとこヨロシク頼むよ」
 先々週からの連続殺人事件もチミ黒幕でしょ。それだけじゃないよね、麻薬売買とか色々してるよね。色んな事件に関わってるよね。全部分かってるからね、俺。チミの楽しい犯行の後始末に追われて俺最近あんま寝てないワケよ、分かる?…なぁ、あんま怒らせんなよ、ガキ。
「ガキ扱いたぁまた酷ェじゃねぇの。俺ァもう十八だぜ、オッサン」
「…よ〜し、ゴートゥヘルだ。オニイサンの底力見せてやるよクソガキ」
 だからもう一発。肩口狙ったがさっとバク転、避けられた。「クソッ!これだから銃は!」懐に入ってきた拳をかわす、代わりに鳩尾に一発、でも俺のコレも当たらず空振り、でも銃を持った手を叩かれソレが空に舞った。
「…!!」ヤバイ。だが時既に遅し。男の手がソレを空中でキャッチする。
「フン。ツメが甘いな」「ツメが甘ェのはテメーだ、オッサンナメんなっつったろ?」
 絶対的優位を確信した時こそ最大の隙が出来る。男の懐にすかさず潜り込んでタックル、其の儘地に押し倒した。両腕押さえつけて相手よりウェイトもガタイも上なんだからソレ最大限活用、ハイ犯人捕捉完了。
「…自分でオッサンって認めやがったな」男は少し眉を顰めていたが、すぐにニヤリといつものイヤ〜な表情を取り戻した。
「うるせーんだよ!もう俺くらいの年になると色々ナイーブなの!そういう事言っちゃダメなの!」「自分で言ったんだろ」「うるせーっつってんだろバカヤローここでブッ殺すぞヤベ俺の心折れるわマジ」「それにしても外とは野蛮な。押し倒すならベッドにしてくれねぇか」「お前ホント黙っとけや!!キモイんだよ!」
 さぁて、まずは手錠手錠っと。こんな奴に今まで手こずらされてたかと思うと吐き気がするね、とっとと捕まえて帰ってシャワー浴びて寝よ、と懐漁るとなんと手錠が無い。アレ?一応二つも持ってた筈なんだけどなおかしいな。
「お探しモンはコレか?」と白い手が差し出したのは手錠二つ。ワァ良かったあったあった〜探してくれてあんがとね!銀サン感激!…じゃなくて。
 ガチャン、手錠嵌められたのはこっちの手首の方で。アレ?おかしいねコレ。どう考えてもおかしいよねコレ。
「…アレ、何でキミの手の中に手錠が…」
「さっき接触した時くすねたんだよ。気づけ」
「…アレ、何でキミが自由の身で俺が手錠…」
「だから、オメーが懐懸命に漁ってる間に立場逆転したんだよ」
 ごろり。転がされて上に圧し掛かる男。そして知らん間にもう一個の手錠使ってすぐ横に立ってるのっぽの標識にくくりつけられる。俺のバカバカも〜知らない。
「アレェェェェ!!何でこうなったァァァァ!!」
「うるせぇオッサン。ツメが甘いっつってんだろ」
 俺を捕まえようなんざ百年早ェんだよ、言いながらコッチが身動き出来ないのを好い事に更に懐を漁られる。携帯。
「そうそう、メアドとケー番知りたくてさぁ。でも教えてくんねぇから」そう言って勝手にアドレス赤外線通信。オイオイ冗談キツイぜジョニー、アレ?ジョニーって誰だ。
「よし、通信完了。でもやっぱ記念品にコレケータイごと貰ってくわ。サンキュな」
「ざけんなぁぁぁ!手錠取れやァァァ!!」
「じゃあ交換条件」
「え」
 言葉はすぐに塞がれた。何だか、パシャ、とかいう変な音も聞こえたし一瞬ピカっと稲妻が光った気もするけど、すぐに翻弄されてワケが分からなくなる。このガキ…

 

「ん」暗転。

 

 瞼は閉じるもんだぜ、嗜める声を何処か遠くで聞いている。放心状態だった。
 暫くすると例の問題児部下ちゃんが来て、眼が合うとツカツカ近寄ってくる。
「…なぁ、土方。交換条件ってどういう意味だっけ?」アレどう考えてもイミ違うよね、意味わかんないよね。ブツブツどんより呟いているとガッと胸倉つかまれて間近にあるのは瞳孔全開の瞳。
「テメェェェェ!!どういう了見だアリャァァァァ!!!!」
「なにが?」
「しらばっくれんじゃねぇぇぇ!!知らねェとは言わせねーぞバカがァァァ!!!」
 ずいっと出されたのは彼の携帯、ディスプレイよーく見ると俺からのメール。そんで件名無題、本文にはここの住所の記載、そして一言「早く来い」、添付画像が一枚。で、ソレがまた、さっきのアレのシーンなワケで。奴が交換条件と言いやがった、そしてその実全くイミの通らないソレ。
「イヤがらせかテメェ…人の携帯に突然自分のキスシーン画像送りつけてくるたぁ好い度胸じゃねぇかアン?!」
 チ、やりやがったなあのクソガキ。携帯パクっただけじゃなくて更に被害の輪ァ広げるたぁ親の顔が見てみてーよホント。
「…あのね、ソレ俺が送ったワケじゃねぇから。そのガキが犯人だから」
「どっちにしろテメェゲイなんだろ。相手がこーんな若いガキじゃあなぁ!!」
「オイ、よく見ろよ。ソイツアレだって、俺たちがこないだまで追っかけてた…」「るせーんだよホモヤロー。ブッ殺してやるよ」
 そしてまた…その…アレだ。本日二度目の。相手が違うだけで。

「…」

 離れた時、もう頭ん中はキレーに真っ白けっけ。
「…あのさぁ、何のつもり?」
「うるせーっつってんだろ。そういう特殊嗜好持ちってんなら、俺ァもう手加減しねーからな」
「や、だから何の話?今の何のつもりだって聞いてんだよ」
 土方はフンと得意げに、そして不機嫌そうに、煙草に火を点けながら、「消毒だ」
 ごめん、やっぱ分かんねーわ。んでテクテク歩いて遠ざかるもんだから、オイコラちょっと待てや、この手錠どうにかしてけよ!と怒鳴ったが彼はいい気味だとか抜かして其の儘見えなくなっちゃったり。そんで結局俺放置プレイねコレ。朝になって心配になったらしく戻ってきた今の相方が見つけ出してくれるまでこのまんま。やっぱどいつもこいつも皆病気だわ。てゆーかケータイ返してマジで。銀サンの一生のお願い。
「…荒れとるのう」
 運転席からのうつくしい声が空っぽになった身体に染み渡る。
「コレで荒れなきゃおかしいだろ」
 くるくる窓の外で明け方の景色がメリーゴーラウンドのように移り変わってゆく。「寝ててもいいぞ」声に従って目を瞑ると、フィルムが回転して上映。ああ、部下ちゃんよりあのガキの方がウマかったな、どこで習ってきてんだマセガキ教えてくれよ、そして銀時はこっそりと笑い、窓にそれが映る。でも誰も見ていない。