そうさ、俺は見たのさ。だから、何度も云ってるだろ。
ありゃ鬼だ。そうに決まってる。子供の姿をしてはいたが、明らかに人外のものだった。
先生、真面目に聞いてくれよ。みんな、俺の事をキチガイ扱いしやがる。
違うんだ。本当に見たんだ。あれは五日程前の事だった。
酷く生ぬるい、気持ちの悪い風が吹く夜だった。
俺は、其の夜、如何しても出掛けないといけない用事があったんだ。
此処からちょいと離れた場所に住んでいる親父が、危篤だというじゃねぇか。
お袋から来た文を握り締めて、俺は走った。
文が着いたのは暮れの頃、すぐに辺りは真っ暗になった。
親父の家屋のある村に向かって、走り続ける。
暫くそうして走っていると、何だか足元がべちゃべちゃしている事に気付いた。
見ると、それは肉片だった。それも、人間のな。
横を見ると、人の屍骸が累々と転がっていた。天人たちと侍の戦場跡に違いなかった。
見るも無惨だ。天人たちの屍骸は殆ど無ェ。侍のものばかりだ。
その屍骸を、烏が突いて食べ、ここまで散乱したに違いねぇ。
夜闇の中、死体の様子は詳しくまでは見えない。
足元に転がった肉片もだ。
見えたら俺は腰を抜かしている。酷い臭い。全部腐ってるんだ、きっと…
俺は途端に怖くなってきやがって、一度止めた足を進めて、また走ろうとした。
その時だ。
がつがつ、むしゃむしゃ、ばりばり。
何かを食べているような音が、俺の耳に届いた。
辺りは明かりも無く、真っ暗だ。月も星も出ていねぇ。
その音は、屍骸の山から聞こえてきた。
───何かが、屍肉を喰っている。
そう、理解するのに、然程時間はかからなかった。
がつがつ、むしゃむしゃ、ばりばり。
音がする。
烏は皆寝床に帰った筈だ。この闇じゃあ、鳥目のモンは出てこれねぇ。
じゃあ何だ。
俺は、阿呆だった。とんだ阿呆だったんだ。
俺は見てしまった。見ずにはいれなかった。其の儘走り続ければ好かったものを。
小さな身体だった。身体は白い。髪もだ。
がつがつ、むしゃむしゃ、ばりばり。
俺の身体は凍りついたように動かなかった。見てはいけないと警告が鳴っているのに、ちっとも動きやがらなかった!
その内、俺の視線に気付いて、其れが振り向いた。顔は屍骸の血にまみれていた。赤い目、白い顔、白い髪!子鬼だった!!死肉を喰ってやがった!!血にまみれて!!魔性の目だ!血のように赤い!その目で震えて動けない俺をじッと見てそれから持っていた刀を抜いて近付いてきた!!俺を斬り殺すつもりだ地獄へ連れて行くつもりだった俺を喰う気だったんだ!!
───でも、あなた、現に生きてるじゃないですか。
先生、だから俺は必死で逃げてきたんだよ。ありゃ間違いなく人食い鬼だ。油断させようとして子供の姿では居たが、あんな髪の色、目の色している人間が居るワケねぇ。先生、助けてくれよ。あの鬼はまだ彼所に居る筈だ、じゃねぇと俺はきっと殺されちまう…奴が夢に出てくるんだ。俺を襲おうと…うう、寝れねぇ…とり憑かれてんだ、俺ァきっと…
───そう云われましてもねぇ。私は退魔師じゃないし…おや、晋助さん。どうしたんですか?そんな所で震えて。大人の話をするから、小太郎さんと一緒に遊んでなさい、と云ったでしょう。
はは、先生、その坊主、ビビってるんだよ。鬼の話なんか聞いちまってさぁ、可哀想に。ホラ坊主、安心しな。この先生はとっても強いんだ、あんな人食い鬼なんざ、一瞬で、ちょちょいのちょいっとやっつけちまうぜ。御前の事を護る為に、今から退治しに行くとよ。
───ちょっとちょっと、私まだ何も云ってないんですけど…ああ、ハイハイ、晋助さんちょっとこっちいらっしゃい。抱っこしてあげるから、そんなにビビらないの。大丈夫ですよ。私が貴方を護って差し上げますからね。もし本当に鬼が来て、晋助さんを食べようとしても、この私がちゃ〜んと追い払いますから、晋助さんは何も心配しなくて好いんです。え?何?先生じゃ頼りない?そ、そんな〜……くすん。
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