恐々と聞く銀時。
「あの〜…何か用すか」
「随分といい女だな」
 答えになっていない。男は、遠くなった月詠の後姿を眺めて紫煙を燻らしている。
「…だから、何の用すか」
「別に」
「…何なの、ホント」
 渋面の銀時が歩き出し横を通り過ぎると、男の声はなおも銀時の背中に浴びせられる。
「ホワイトデーに吉原か。ご苦労なこって」
 銀時がグルンと振り返り、とうとう土方に掴みかかった。
「…ちょ、何なの、さっきから。言いたい事あんならハッキリ言えや、こちとら朝からテメーに振り回されっぱなしでイライラしてんだよ」
 沖田に揶揄られ、新八に怒鳴られ、全部テメーのせいだァァァと、銀時は心中で叫ぶ。
「今日お前に会ったのは今が初めての筈だが」
「るせーよ、ちょっと黙ってろ。そんでもう付いてくんな」
「何怒ってんだ」
 無表情で呟く土方に呆れたのか、銀時は胸倉を掴んでいた手を離した。
「そりゃこっちの台詞だ。オメーこそ何で怒ってんの」
「…怒ってねぇ」
「いーや、怒ってるね。瞳孔の開きっぷりがいつもの一.五倍だぜ。鏡見てみな」
「これはさっき点(さ)した目薬の所為だ」
「あーそーかい。ならお前は一生そうやって目薬点してな、もう目薬と結婚しちゃいな、そんでもって円満な家庭を気付きな」
「ワケ分からん事言うなや」
 へーへー、じゃあ目薬と仲良くね、じゃあ俺もう行くから、家帰っから、バイバイ
「待て」
 腕を掴まれた。振り向くと、真っ直ぐ自分を見つめる双眸がある。
「…あによ」
「…」
 自分から引き止めた癖に、いざ訊ねると土方は口篭った。
「手、離してくんない」
「…さっきの女は」俯く土方に、銀時が聞き返す。「あ?聞こえねーよ」
「…何でもねぇ」視線を外す土方。
 銀時は手を振り払い、怪訝な顔で土方を見やりつつも、歩き出した。
 ───土方の様子がおかしい。何かあったのかもしれない。そう思いながらも、銀時は決して口には出さない。訊ねた所でこの男がペラペラと自分に話すワケがないからである。そもそも、かぶき町の道端で、態々自分を待っていたかのような素振りがあった。擦れ違うならともかく、垣根に寄りかかった格好で自分の方をじッ見ていたのだから間違いようがない。そして後ろからこうして付いて来るのだから。
「───ヒマなの?構って欲しいの?」
「ふざけんな」
「だって、今日、御前仕事だろ。夜九時くらいまで屯所帰ってこないって…」
 土方が、驚いた顔をした。「何で知ってる」
「え」
 ぎくりとする。そ、そりゃ〜、沖田クンがそうやって言ってたから…と銀時は答えつつも、激しく違和感。アレ、それにしたって何で俺覚えてンのこんなどーでもいい事、しかも一回サラっと言われただけなのに!何でマヨ方の予定なんざちゃっかり覚えちゃってんの俺。気色悪ううううううッ!!すげー死にたい俺今ァァァァ!
「何一人で百面相やってんだ。…確かに九時までかかる予定だったが、色々とあってな。早く終った」
「んで、何。だから俺に会いに来たとでも?」
 あーキモチワル。あーキモチワル。
 銀時はそう呟きつつ、進める歩を早め、角を曲がった。万事屋が見えてきた。
「…自惚れんなよ、たまたま通りがかっただけだ」
「なぁにが、通りがかっただけ、だ。こっちガン見だったじゃねーか、待ち伏せしてたみたいに」
「誰がテメーなんぞを待ち伏せするか。この間の金を返して貰いにきただけだ」
「…金だぁ?」
 横を歩く土方に、銀時は怪訝に問い返す。
「割り勘だっつったのに、お前、この間逃げて俺に全額払わせたろ」
「いいじゃんたまには」
「たまにはじゃねぇ、い つ も だ ろ お が 」
「ワケわかんねーヤローだなぁ。たかがそんな用事で待ち伏せしてたのか」
「そんな用事とは何だ。いいから金出せや、しばくぞ」
「おお、やれるモンならやってみやがれ」
「上等だコラ」
 途端にがつんと互いの額が密着する程の距離でいがみあう男二人は、万事屋の前で殺気を迸らせている。ガルルルルと唸る両者、まずは銀時が叫んだ。
「大体なぁ、何で今日なんだよ!今日は厄日なんだよ!オメーの面見たくない日なの!」
「俺だってオメーの面なんざ見たくねぇんだよ!こんのクルクルバカ!」
「んだとォォォォ!テメッまじふざけんなよ、ぶっ殺すぞコノヤロォォォォ!!」
「そりゃこっちの台詞だクソバカァァァ!ったく、総悟に言われて来てみればこのザマだ…」
 銀時が、きょとんと目を瞬かせた。
「…なに、どういう事よ、ソレ。え?沖田クンが何?」途端に、しまった、と言わんばかりに汗をタラタラ流し顔をさっと背ける土方。
「オイ、急に目ェ逸らすんじゃねーよ、説明しろ。沖田クンに何か言われて俺に会いに来たワケ?」
「るせぇー死ね」
「ハイハイ分かった分かった、説明してくれたら死んであげるからね、俺じゃなくて土方クンが」「何で俺が死ななきゃなんねーんだよォォォォォ!!」「あ〜耳元で喚くな。うるっさいボケ。…で?沖田は何つったの」
 土方は答えない。
「もしかして、…俺がテメーに会いたがってるとか?」
「…」
「ホワイトデーのお返しを手渡ししたがってるとか」
「…」
「そんで、仕事早くあがれたのをイイコトに、態々お越し下さった、と」
 そっぽを向きタラタラと汗を流す土方の顔には、デカデカと図星、の文字が浮かび上がっている。銀時が噴出した。
「だーはっはっはっは!!バカじゃね、バカじゃね!!な〜にあのドSバカに唆されてんだよ、信じてんじゃねーよ!!ギャハハハハ!!」
 人を指差しゲラゲラ笑い転げる銀時を脇目に土方は無言でスラリと抜刀した。
「殺す…ッ!」
「あのさぁ、沖田クンの性格考えれば、んなのテメーで遊ぶ為の単なる口実、真赤なウソだって事ぐれー分かんだろ。なぁにを血迷ったのか…ヤベ、笑いすぎて腹痛いわ…」
「そこになおれやァァ!俺が今すぐ介錯してやる!」
「そんなに俺からお返しが貰いたかったの?」
「調子のんな、だからこの間の飲み代取りたてに来ただけっつってんだろ!」
「は〜、お前って、つくづくロマンチストだねぇ。なぁに言ってんだか、男から男へプレゼントだぁ?サムイだけだろ。それともナニ、バレンタイン時に送ってくれた大量のチョコ、あれもトクベツそういう意図を込めて送ってきてくれたワケ?」
「なワケねーだろ、アレはただ単に処分に困ってたからってだけで…」
「だろ?なら、つまりお前は俺を単なるチョコ消費マシーンとして利用したってワケだ。お前はチョコを無事処分できてハッピー、俺もチョコ食べれてハッピー。お互い利あって損なしの状態。ギブアンドテイク。俺がお返しする義理はなーんも無いワケ。分かる?」
 そもそも借りがあったところで、俺からお返しのチョコだの何だの貰ってお前、嬉しい?否、嬉しくないでしょ、キモチワルイでしょ、同じ体格同じ年齢の男子から貰ったチョコなんざ。そもそもお前甘いモン嫌いなんでしょ、ならあげてもどうせ食べないんでしょ嬉しくないでしょそうなんでしょ、食べないんだったらやっても仕方ねーじゃん、確かに俺ァ甘いモン作るのはプロ級の腕前だけど、でも相手が食べないんだったらソレも丸っきり意味ねーし…「じゃあ、俺が食べるっつったら、くれんのか」土方の反撃。何故か目が据わっている。
「…や、もしもの話をしただけだろ。アレでしょ、俺が、もし、チョコだの何だのあげてもどうせ食べないんでしょ、つってるだけじゃん」と答えながら、銀時はやっぱりここでも違和感を感じるのである。アレ?俺、なんか女々しい感じの事言ってない?甘党じゃない彼に、甘味をプレゼント出来なくて、恨みがましい事言ってる感じの、何か言い訳めいた感じの…
ひく、と笑顔を引き攣らせ、じりじり後ずさる銀時に、カツカツ土方は歩み寄り、胸倉に掴みかかった。やっぱり、何か知らんが目が据わっている。…コレは、よくない前兆だ。
「じゃあ俺も、もしもの話をしよう。もしお前が俺にくれるんだったら…お前がくれたチョコなら食べるっつったら、お前どうする」

 ………。土方、お前、何か悪いモンでも食ったの?

「お前が言ってる事は恨み言にしか聞こえねぇ。俺が甘いモンが嫌いだから、という事を言い訳にしている様にしか聞こえねェ」
「や、何言ってんの?何言ってんの?そんな俺からお返し貰いたいの?何なの、お前、俺の事好きなの?」
「どうなんだ。答えやがれ」ずい、と近づく顔。
「…あのさ、そもそも、俺がお前に何かプレゼントすると思う?女の子みたいにモノ手渡しすると思う?手作りでチョコだのケーキだのクッキーだの渡すと思う?や、キモイでしょ。本当キモイでしょ。そんな男、世の中に居たら俺は素っ裸で街二十周してもいいね、という訳で結論言うと、もしもの話の前に、そもそも俺がお前相手にお返しなんざするワケねェっつう事で…」
 万事屋、二階のベランダから新八が顔を出す。
「あれ、何か外がうるさいと思ったら、銀さん、…と、土方さん?丁度良かった、ちょっと待ってて下さいね、銀さんから手渡ししたいモンがあるんで」銀時が顔の陰影を濃くして力いっぱい叫ぶ。「新八ィィィィ!!おま、ふざけんなァァァァァ!!来んな、持って来んな、ありゃ俺のだっつったろうがァァァァ!!これ以上話をややこしくしないでくれ、頼む、300円あげるからァァァ!!」
「何言ってんですか、今日僕がどんな気持ちで神楽ちゃんからあのケーキ護り通したと思ってんですか、アンタ。アンタみたいなダメ人間に食べられる位なら、土方さんに食べられた方がケーキも本望だと思いますよ」
「ケーキに本望もクソもねぇからァァァ!その本体(メガネ)カチ割んぞ!」と突っ込みを返す頃には、新八の姿はもう消えている。冷蔵庫のブツを取りに行って、そんでもってコッチ来る気だ、土方にブツを渡すべく…
 さぁぁぁぁっと、銀時の顔から血の気がひいた。やべ、コレ、死亡フラグ立ってね?てか、ケーキの本望云々の前に、HOMOの疑惑が…あ、コレうめーな、山田クン座布団一枚持ってきて、…じゃなくてそうじゃなくて。
「…何だ、俺に手渡ししたいモノって」土方が聞く。
「や、あのコ、病気なの。心の病気なの。言ってる事全部ウソだからさ、俺、これからアイツを黄色い救急車に乗せて心の病院行かなきゃなんないから、先帰っててくれる、土方くん、てか帰って、お願い帰りやがれ今すぐ」ぐいぐい土方を押すが、土方は動こうとしない。そして、とうとう、新八がやって来る。その手には案の定、当然のように、昼間銀時が作った五個のホールケーキ、その内最後の一個が箱に包まれ。そして笑顔でその箱を土方に渡す。
「お待たせしました土方さん、コレ、銀さんが作ったんです。ホールケーキです、糖尿病の人が作ったんでかなり甘いかもしれないですけど、ホワイトデーのお返しだそうなんで、召し上がって下さい」
「ちょおおおおお新八ィィィィ!何言ってんの、何勝手に代弁してんの!本体ブチ壊されてーのかァァァ!撤回しろォ!今すぐ全言撤回しろォオォ!!」新八に掴みかかろうとするも、後ろから羽交い絞めにされ、身動きが取れぬ。土方の仕業である。箱を手にしたまま、笑顔を浮かべている。さあああっとまた音を立て、銀時の全身から血の気がひいた。耳元で言う声。
「おお、有難うな、銀時」あ、俺、もう死んだわ。コレ確実に死んだわ。
 じゃ、僕これで失礼しまーす、とぺこり一礼し万事屋へと戻る新八。そして場はまた二人きりに。
「チョコじゃなくてホールケーキか。随分と大層なお返しだな。そんなに張り切ってくれてたとは知らなかったぜ」笑いを堪えるような声。
 ………───終った。
 無言で両手で顔を覆う銀時。その後ろには、土方がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ仁王立ちして立っている。そして追い討ちをかけるように言う。
「偉そうな事言っておいて結局このザマか。態々俺の為に作っててくれたワケ。…───約束だよなァ?町内素っ裸で二十周」
「…あのね、とーしろークン、違うんです。全て誤解です。ソレ、自分で食べようとしてた奴です、自分用に作った奴です」
「自分で食べる用に、普通こんな大きいホールケーキ作るか?」
「や、ソレ、ホールケーキのチョイスはウチの酢コンブバカ娘なんで、自分のチョイスじゃないんで」
「そんで、作ったのはいいが、俺が甘いモン好かねぇのを思い出し、仕方なくこの時間まで冷蔵庫に仕舞っておいたと。成る程、さっきの言い訳染みた女々しい発言は、そういうワケな」
「あの、話聞いてる?」
「そして、俺の仕事終了予定時刻もしっかり覚えていたワケ。ウスラバカなテメーがこんな些細な事まで覚えているのが不思議だったが、道理で」
「話、聞こうよ。土方くん」
「…とすると、さっきの女は何だ。あてつけか」
「話聞けェェェェ!!つか、何のあてつけだよォォォォォ!!」
 叫ぶ銀時の首を腕でわしっと抱え込み、土方は笑顔でズンズン進む。
「ぐほっ、首絞まる…てか、どこ行く気」
「決まってんだろ。仕方ねーから、公衆の面前で素っ裸じゃなくて俺一人の前で素っ裸、に譲歩してやるっつってんだよ」
「何する気だよォォォォォォ!!」


(了)
上機嫌だなぁ、土方…単純でコイツかわいいな(管理人爆笑)

20100320 

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