闇の中、蠢く陰が二つ。僅かな行燈の火に照らされ揺らめいている。
「あなた様の御蔭で、今期も大黒字で御座います」慇懃に述べ深々と頭を下げた男に、彼は豪快に笑いながら謙遜、労いの言葉をかける。男はそっと笑み、懐から小さな漆箱を取り出した。差し出された其れに彼は笑い声をたてていた唇を噤み首を傾げ、男は目を伏せ柔らかな物腰の儘喋る。
「ほんのお礼です。どうか受け取って下さい」
 と言われても、彼には箱の中身が気になる。───金なら受け取る訳にはいかぬ。告げても男の笑顔は動じない。
「そう仰る事だろうと思いましたので、中身は趣を凝らしております。…開けて見て下さいな」
 男に言われ、彼は黒漆箱をそっと開けた。ゆらゆら不気味に蠢く微かな光源の中、現れたのは小さなガラスの小瓶であった。中に透明の液体が入っている。
「試作品ですが、逸早くあなた様に差し上げます。ご自分で使うも良し、人に使うも良し。用途はあなたの御心次第」
 そうですね、───お薦めは、倦怠期を迎えた愛人相手、といった所でしょうか?

 怪訝な顔をした彼を他所に、闇の底で、ガラス瓶の中の透明だけがぬらりと笑った。





 ***




 
 万事屋である。今日も平和である。空も真っ青も真っ青、ピカ天である。
 ソファに寝ッ転がりジャンプで顔を丸々覆っている男は今日もこうしてマダオらしく睡眠を貪っているらしいが、息苦しくないのかと少々疑問である。
 いつもの風景。だがその“いつも”に似つかわしくない存在が二つ。
(…寝ておるな)
(ああ。スヤスヤじゃき〜)
 ヒソヒソ声の正体は、あのバカ二人である。長髪バカとモジャモジャバカである。ソファを取り囲んで銀時をそっと見下ろしている。
(かつて軍神白夜叉とまで崇められた男が、全く情けない…こんな昼間から惰眠を貪る等)
(まぁまぁ。やり易くって逆に好都合ぜよ〜。金時は勘ば鋭いからの〜)
(それで、結局“ソレ”は何なのだ)
 桂の目が、坂本が握っている小瓶に向けられた。小瓶の中で透明な液体が踊っている。
(分からん)
 桂が益々怪訝な顔をする。サングラスの奥にある目を睨みつける。
(分からんだと?貴様、そんな不確定要素の多すぎる謎の液体を)
(分からんから、まずは金時で試す)
(…まぁ、確かに不死身の代名詞のようなこの男であれば、実験台としては申し分ないかもな)
 酷い云い様である。二人とも最低である。
(じゃあ、行くぜよ)
 いよいよ、であった。無言になった坂本が、小瓶の栓をきゅぽんと抜き取る。傍らの桂が緊張の面持ちで唾を呑む。中で液体が揺れた。そして、ゆっくりと、寝ている銀時に歩み寄り、小瓶を傾け───

ようとしたその瞬間、その小瓶を坂本の手から素早く奪い取り固まった坂本の巨体に足をかけ転ばせ更に抵抗を完全に封じる為にマウントポジションを取った疾風。…銀時である。
「…ヒソヒソ声、ガンガン聞こえてたんだけどな〜。内緒話はもっと内密にやらんとダメでしょーチミたちさァ」
 そもそもアレじゃね?不貞寝も見破れないって色々と終わってね?あ、そうか。俺の演技がすげーのか。
 ……素晴らしい笑顔。それも相当怒っていた。
「ぎ、銀時…!不貞寝とは汚いぞ!我々を謀ったかァァ!!」
「るせーよヅラ、ヅラはヅラらしくハゲ散らかってろ。見慣れない不法侵入者が入ってきたらとりあえず様子見ようとするだろ。問答無用で殺されないだけ有難いと思えや」
「俺達は不法侵入者などではない!ちゃんと玄関から入ってきたぞ、なぁ坂本!」
「…ハ?」
 鍵は、つい先程買い物に出て行った新八と神楽がちゃんと掛けた筈だ。銀時自身そう記憶している。
「…抉じ開けたの?ピッキングか何かで?」
「武士たる者、そんな愚劣な行為はせん!大家であるお登勢殿にちょちょいとな、坂本が袖の下を…」
「そっちのが愚劣な行為だろうがァァァァァ!!」
 テメッ何してくれてんだホント、と自分の身体の下になっている坂本に殴りかかろうとすると、坂本は顔をポッと染めている。
「金時…そんな、わしを組み敷くとは積極的な……わ、わしゃあ困るぜよ…そもそも、おんしとわしは男同士やき……ああっいかんいかん!…禁断の道じゃあ!」
「何を勘違いしてんだテメェはよォォォォォォ!!マウンドポジションだろうがコレ!顔染める要素一つも無いからねコレェェェェ!」
 ダメだ、コイツら相手にしてると俺ホント疲れる…と銀時はげっそりしながら、とりあえずまだ頬を染めて不気味に悶えている坂本を放置し、桂に問う。
「…で何の用よ、勝手に不法侵入して寝顔見てたと思ったら、…この小瓶。何コレ。俺を実験台にするとか何とか聞こえてきたけど、どういう了見」
 一滴も垂れる事なく銀時の掌上に回収されている小瓶の中の液体。
「知らん。坂本に聞け」
「知らん…って、…どういう事よ」
「俺は坂本に肉球で買収されただけだからな。一緒に来れば面白いモンが見れるかもしれんぞという誘い文句と一緒に」
 肉球で買収って、どうやって買収したのかその方法がイマイチ気になる銀時であるが、問題はソコではない。
「…面白いモンだァ?俺に液体ブッかけて何する気だ。変な代物じゃァねーだろうな」
「だから、知るか。坂本に聞け。……尤も、もう手遅れだろうがな」
 そこでニヤリとほくそ笑んだ桂を見、はっと銀時が坂本の方に視線を移すと、笑顔の坂本はいつの間にか取り出した拳銃の銃口を銀時の額に定めている。…となると、先ほどの頬を染めてのアホな身悶えは銀時から自分の注意を逸らさせる為の演技、というワケか。それにしては真に迫りすぎていた感もあったが。
「時間稼ぎナイスぜよヅラ〜」
「助っ人に俺を選んだのが正解だったな」
 形勢逆転とばかりにアッハッハと笑う坂本、狙い通りと得意げに微笑する桂、…油断したと身を硬直させ笑みを引き攣らせる銀時。ジャキ、と額に銃口を押し付けられたらりと汗が落ちる。
「…なに?なんなの?皆よってたかって俺イジめて何が楽しいの?」
「さぁ、金時。観念してその小瓶の水を頭から被っちょきー」
「ざっけんなよ辰馬ァ!だぁれがこんなアヤシイモン…!」「じゃあ実力行使じゃ」ぐるんと反転する世界。「うげっ?!?!」
「…形成、逆転じゃなぁ」
 そうして今度銀時の上に馬乗りになっているのは坂本である。その手にはちゃっかりと小瓶が。
「……最初から実力行使出来んならやっとけよ、出し惜しみすんじゃねぇ、性格悪ィ」ヒクヒク、と銀時の口元が痙攣する。
「金時は軽いきね〜もっと太らんとダメぜよ〜アッハッハ」という訳で。

 ジャバッ

「………」
 銀時の顔面に撒かれた液体が、無言の銀時の頬を滑りたらりと床に蹲った。
「……」
「……」
「……」
 立ち尽くす桂、銀時を組み敷く坂本、組み敷かれ液体をかけられた銀時、一同の沈黙。固唾をのむ。ごくり。


「ど、どうじゃ、金時」
 さっきまではあんなに強気であった坂本が、ここで初めて少しうろたえる素振りを見せ銀時に問う。濡れた前髪をかきあげ、銀時はさも不機嫌そうに「…別に、」と答えた。
「別に。どうって聞かれても、何も起こってないけど」
「………ほーか」
 がっくり、と擬音が聞こえる程項垂れる。
「何にも起こらんとは…。つまり紛い物だったのか?」と桂。
「分からん。自信満々に土産モンだと渡されたんだがの〜。まぁ何にせよ何事も起こらんで良かった!アッハッハ!」
「アッハッハ、じゃねェよこのクソモジャ。俺に何かあったらどうすんだコノヤロー。あ〜ビショビショじゃねぇか…ったく」
 顔にブッカケやがってアホか、AVの見過ぎだ辰馬。そんで重い。いつまで馬乗りになってやがんだクソ
「す、スマンスマン!ほれほれ、今どけるから顔洗っちょき〜」
 慌てた坂本に舌打ちして、銀時は立ち上がり洗面所に消えてゆく。そして残されたのは不法侵入者二人もとい坂本と桂である。不機嫌な足音が遠ざかると、二人は黙って目を見合わせる。



「…それで、結局あの小瓶はどういった代物と聞いていたのだ?効果の無さが判明した今、もう隠し立てする必要はなかろう。実験台も今は顔を洗っているところだしな」
 さもがっかり、といった風体で頭をボリボリ掻いている坂本に、桂が声量を落として訊ねた。地獄耳並みの聴力を持つ白髪を配慮しての事である。
「知らん。本当に知らん」
「…本当か?」
「今更ウソ吐いても仕方なかろーが」
 溜息を吐きながら手の中で空になった小瓶を弄んでいた。小瓶の中で太陽光が屈折する。桂は秀麗な顔を歪め片眉を上げる。
「…俺はてっきり貴様が出し惜しみしているだけかと思ったのだが…本当に知らないのか。ならばそんな危険なモノを何故あの男に?毒物だったらどうする気だ」
「心配せんでもその可能性はありゃーせん。何を隠そうこの薬、わしんトコのお得意様から頂いたものじゃき〜」
「お得意様?」
「ああ。それも、いかがわしい商売所じゃーないがで。れっきとしたオトナのオモチャ及び媚薬専門店じゃ〜
十分いかがわしいだろォォォォォ!!アホかァァァァ」桂の突っ込み。「そんないかがわしい所から貰った謎の薬を銀時に服用させてどうする気だァァァァ」
「まぁ、薬でサカったらサカったで一緒に吉原行くのもオツやき〜」
「普通女に盛るモンだろうがそういうモンはァァァァ!!」
「アッハッハ、ホントはわしもおりょうちゃんに盛りたかったんじゃがの〜、予め効果を知っておかんとコチラとしても動きがとれんきー、それに万一薬でおりょうちゃんに何かが起こったらどうしゆうがじゃ〜」
「その前に実験台にされたアイツの身に何かが起こったらどうする気だァァァァ」頭が痛い。
「まぁまぁ、何にせよ効果は無かったがやき、あの薬は紛いモンって事で一件落ちゃ…」「うっぎゃああああああああああああ!!!!!」どんがらがっしゃーんんんんっ!!!!
「……っ?!?!」




 物凄い悲鳴と物音に桂と坂本がすぐに血相を変え洗面所に飛び込んだ。

「金時ィィィィ!!どうしゆうがじゃァァァ!!」
 銀時は卒倒しそうな位に震えながら壁に靠れ、顔面蒼白、洗面台の鏡を指差して目を見開き口をぱくぱくしている。足元には洗面道具やらなにやらが散らばっている。棚が倒れている所から見るに、引っ繰り返したらしい。どちらにせよ、この怖いもの無しの無頼漢の代名詞が、ここまで取り乱すのはそうそうあることでは無い。
「あ…あ…あ…」
「…何があったのだ、銀時!」と、桂。腕まくりをした坂本が意気揚々と前に出る。
「オバケか!それともゴキブリでも出ちゅうか!よおし、ここは一つわしが…」「…………か、……」蚊の鳴くような声。「“か”?!…もしや“蚊”か、蚊が出たのか!情け無い、武士ともあろう者が蚊一匹に恐れをなして一体どうするというのだ」「……か、……鏡………」「「…鏡?」」
 坂本と桂が口を揃えて聞き返し、二人で同時に顔を上げて鏡を見る。

 坂本と桂、二人に挟まれるように中央に銀時が映っている。…だが、その見慣れた短髪天パの左右には、ツインテールのような毛束が慎ましくまた可愛らしく垂れ下がっている。
 ツインテール。ツインテールである。どこからどう見てもツインテールである。
 しかもアレである。胸が膨らんでいる。いつもの衣装、だらしなく肌蹴させた胸元にははっきりくっきり谷間。巨乳。巨乳である。見紛うことなき巨乳である。

「……」
「……」
「……」
 全員鏡を注視したまま無言。何秒か経ってから漸く沈黙を破ったのは桂である。
「…………銀時。旧知として忠告しておくが、女装するなら時と場所と状況を考えた方がいいぞ。それとも何だ、西郷殿の店勤めで女装癖が抜けなくなったというなら、俺が直々にカウンセリングを…」
「アレ、金時、なんじゃあおんし、ちっくと背ェ縮んだような…そんで乳も詰めモンにすりゃあやけにリアルなような…」
 ちっくと触らせとおせ、と坂本はむんずと銀時のソレを掴み揉む…と同時に銀時の鉄拳が顔面に。鼻血を滴らせ床にノックダウンした坂本は、戦慄く唇で告げた。
「ほ…本物じゃ……」
「───何だと?」桂が怪訝な顔。
「乳、あの巨乳……本物じゃあ!!あの触り心地、弾力、そしてわしが触れた瞬間の銀時の恥らうようなあのひょうじょゴゲブァァァァァァァ!!」またもや銀時の鉄拳である。
「な………!!!」
 桂が一歩後ろに下がり、銀時の全体像をまじまじと見詰めた。いつもの格好、髪の色、目の色、それらは変わりがない。だがツインテールらしきその毛束、坂本談だが本物らしきその巨乳、確かに目線の位置もいつもより少し、否、かなり低い。
 …という事は。という事は…

「てめェら…覚悟は出来てんだろうなァ……」 

 ゴキ、と拳を鳴らしながら唇を割って出た声は、いつもより高く可愛らしい女性の声。
 桂は殴られる覚悟を固めながらそれでも叫んだ。

 お、お、おんなァァァァァァァァ!!!?!?!??

 
 そして、案の定、万事屋の洗面所からはバキゴキドカッとドメスティックバイオレンスな物凄い音が響き渡った。

 

 

 

***

 

 

 

「…つまり、テメーらはそんなアヤシイアダルトグッズ販売会社の人間から貰ったアヤシイブツを、実験台と称してこの俺に服用したと」
「「申し訳ございません」」

 腕組みをし仁王立ちしどこぞの鬼副長の如く瞳孔を全開にして凄惨な笑顔を浮かべる銀髪ツインテール+巨乳のおんな。その前には男二人が殴られまくった顔面をパンパンに腫らして正座させられている。そうして今までのあらすじを包み隠さず白状させられたのである。
「で、俺は案の定そのアヤシイブツの効能にかかり、見事にこんな体になっちまったと」
「「申し訳ございません」」
「そして、元に治す方法も分からない、と」
「「申し訳ございません」」
「……どうしてくれんの?俺の人生にナニしてくれちゃってんの?」
「「申し訳ございません」」
 ガッと坂本の口元を銀時の手が掴む。おんなになったとはいえ相変わらずの馬鹿力である。メキメキ言っている。
「…まずはテメーからだこんの元凶。どうオトシマエつけてくれんだ?いっちょ去勢でもしとく?それとも切腹?」
「アッハッハ〜銀時は怒りん坊じゃの〜」
「ふざけんじゃねェェェこの状況で怒らん方がおかしいだろうがァァァァァ!!!」とうとう銀時のシャウトである。「アッハッハ〜一人の人間の一生で男と女の両性を経験するなど滅多に無い機会ぜよ〜、どうじゃ、この際おんなとしての自分を満喫しては!というワケでまずは、ホレ、そうとなればまずはそのおチチの手触りをわしに…」わきわきと両手を怪しく動かし鼻血を垂らし鼻の下を伸ばしながらエヘエヘ近寄ってくる変態を、銀時はいつもの木刀で思いっきり殴り飛ばす。
「ううむ、金時は強情やき〜…ならばコレはどうじゃ!わしが買ってあげるから一緒に下着屋行ってブラジャーとパンティーを買おう!」またもや銀時の強烈な一撃が坂本を襲う。
「クッ、仕方ない。俺も本来は慎ましい美乳派なのだが…ウダウダ言っている場合ではあるまい。さあ銀時!そのおっぱいを俺に触らせてくれ!」阿修羅と化し全身から闘気を迸らせた銀時の強烈な一閃が桂を吹っ飛ばす。男ってバカである。バカばっかである。こんなのばっかしである。と思う銀時も、はてさて腐れ縁の旧友が突然巨乳になったならば気兼ねなく触らせて頂くハズである。つまり理不尽である。
「…とりあえず…元に戻る方法、速攻見つけ出して来い。そしたら全殺しじゃなく四分の三殺しで勘弁してやらァ」
「まっこと可愛らしい声じゃの〜金時!可愛いぜよぉぉぉ〜〜〜!!」まだ生きてるらしい。いっその事ここでトドメさしちまうか、と銀時はムカツキマークを頭に拵えまくりながら耐え切れずにまたもや木刀を振り被った…その瞬間、ガラガラーと玄関の戸が開けられる音。銀時の動きがぴたりと止まる。

「はぁ〜疲れた。銀さーん、只今帰りましたー」
「姉御も一緒アル!キャホォォォォォ!!」
「ウフフ、お邪魔するわ〜。御昼はうどんにしましょう、美味しいうどん買ってきたんです〜」

 ピシャアアアアアンと銀時の背景に雷が落ちた。
 ぎゃあああああああ!!奴らかかか帰ってきやがったァァァァ!!こんな姿を見られた日にゃあ俺はもうおしまいだァァァァァァ!!!
 手にしていた木刀をほっぽりだし慌てて銀時は寝室の和室に駆け込み布団をコンマ一秒で引っ張り出してその中にすっぽり隠れる。瞬時に消えた銀時の姿に坂本はぽかんと口を開け桂は閉口して呆れ顔。

 トタトタ手を洗いに洗面所に入って来た新八が、そんな二人の姿を見て驚いた顔をした。
「…アレ、誰かと思えば桂さんと坂本さんじゃないですか。いつから来てたんですか、お茶出しますよ」
「や…そのだな…」
「てか、こんな狭い洗面所に二人揃っちゃってどうしたんですか。居間に来ればいいのに」
「や、ちょっと色々あってだな…」桂がモゴモゴしながら答える。坂本はアッハッハーで誤魔化している。万一銀時の変身の事をうっかり口にした日には先程の鬼神大覚醒よりももっと酷い仕打ちが待っているに違いなかったからである。
「アレ、そういえば銀さんは…ったく、お客さん放っといて何やってんですかあのマダオは」
「あの…その…なんだ、アレ…」モゴモゴ口を動かしタラタラ汗を垂らし始める桂、彼はこういう時の機転がきかない、咄嗟にウソがつけないのである。というワケで出張ったのは癖者・坂本。
「金時なら奥の和室で寝ちょる。何でも具合悪いとか何とか…わしらは金時に気ィ遣ってここにおっただけきに〜アッハッハ〜」
 全く、アイツは人一倍丈夫なクセに、日常生活の乱れと不摂生が原因で昔からよく体ば壊しおったの〜なぁヅラァ?
「ヅラじゃない桂だ。…う、うむ。顔に似合わずよく熱出して俺達は看病させられたものだ」坂本の咄嗟の機転でとりあえず繕う桂である。まぁ無病息災の典型である桂とは真逆に、銀時が結構な頻度で風邪をひくのは本当の事でもある。
「え、そうなんですか。…ったくあの人ったら手間がかかるんだから」
 神楽と妙も洗面所に入ってくる。
「あ〜ヅラにモジャモジャサングラス発見アル!こんなトコにぎゅーぎゅー詰めでどうしたアルカおまえら」
「何でも銀さんが調子悪いみたいでさ、それで気ィ遣ってこんなトコに居てくれたみたい」と新八。
「あら、銀さんったらまた風邪?心配だわ〜」と、ひょいと顔を覗かせて妙。
「まぁたあのマダオ、どっかから菌貰って来たアルカ。しゃあねーから様子見に行ってやるネ」
 そして新八・妙・神楽がゾロゾロと寝室へ向かう。桂と坂本は少し思案気に顔を見合わせ、その後を付いて歩いた。
 そして襖を開け全員でソロリと入った寝室の中央では、布団、しかしすっぽりとその中に隠れているらしく当人の姿は見当たらない。爪先から毛先一本まで外に出さない徹底振りである。
「…あの、銀さん?起きてます?」新八が小さく声をかけ、布団の山がゴソリと動く。肯定の意思表示である。
「具合悪いアルカ銀ちゃん。ホラ、最近アイスとかカキ氷とか冷たいモンばっか調子に乗って食べてたからネ。だから全部私によこせってあれほど言ったのに、私の言う事きかないで一人で全部食べるからそういう事になるのヨ銀ちゃん。ったく男って本当バカネ〜」と神楽の発言、そして妙が「全く、侍ともあろうものがしょっちゅう体を壊していては話になりません。───今から私がうどん作ってあげますから、食べて下さいね」
 げ、と固まる一同である。妙の手にかかればうどんだろうが何だろうがどんなモノでもダークマター一丁お待ちである。モコリと人形に盛り上がった布団から、涙ながらに切実に訴える声が聞こえる。
「え、止めてくんない、止めてくんないホント気ィ遣わないでいいからホントほっといてくんない、俺今めっちゃ調子悪いから、うつしても悪いしこの部屋入んないでくんない」
「何ですか、急に」
「もういいから、うどんとか作んなくていいから、てか料理要らないから、今ダークマター食ったら確実に俺死ぬから」
「男が女に恥かかせるものじゃありません。いいから食べなさい」と妙。横で神妙な顔をしているのは新八だ。
「…ていうか、銀さん………なんか、声、変じゃないですか?」

 ぎくうっっっっっ!!!!

身を強張らせたのは何も布団の中の銀時本人だけではない、後ろでこのやり取りを見守っている桂・坂本両人も同じ事である。
「何か、いつもより高いっていうか……それこそ、女の人みたいな……」
 
 ぎくぎくうっっっっっ!!!!!

 鋭い!鋭すぎるゥゥゥゥなんでこんな時だけ地味に鋭いんだよクソメガネがァァァァと、銀時、心中で叫ぶ。そんな時に困った時の坂本頼み、もとい助け舟である。
「アッハッハ、そういえばさっき金時ば喉壊したァ言うてたぜよ〜!多分今のヘンな声も風邪のせいと思うがよ〜!!!」ナイスフォローである。
「そうなんですか、まぁとにかくそこで寝てて下さい、僕たちとりあえずうどん作ってきますから…あ、姉上はそこで坂本さんたちと銀さん看ててくれますか?」
「あら、私もお昼の支度手伝うわよ」
「いやいや、頼りになる方々がやっぱり看ててあげないと、ホラ」新八の必死のフォローである。さすが彼女の弟、具合が悪いと宣う者にあのダークマターはキツイという事が分かりきっている。嫌という程分かりきっている。一応は銀時の事も思いやってくれているらしい。
 案の定、弟の説得により妙は釈然としない顔をしつつも御昼御飯作りは諦め寝室に残る。そして新八と神楽が台所に消える。

 ───だが、一つ大きな問題がここで残った。
(…ヅラと辰馬がこの場に居るのはともかく、このメスゴリラが居たら俺布団から出らんねーじゃん…!!!)
 まだ8月である。連日気温30℃を軽く越す猛暑の季節である。だらだら、息苦しいやら暑いやらで銀時の項からはたらりたらりと汗が流れ落ちている。
(とりあえずアレだ、メスゴリラに気取られないようにうまく坂本にコンタクトをとらねぇと…!!)
 銀時を心配しこの場に居るというのは有り難い話でもあるが、何にせよ一刻も早く元に戻る方法を見つけに行ってくれない限り銀時は恐らくこの儘である。どの道仮病を使うのも一日が限度だろう。ばれる前に何としてでも坂本には解決法を発見して貰わなければならない。
 …さもなければ。

メガネ『えぇっ銀さん女性になっちゃったんですかァァァァ?!?!まじドンビキなんですけど…』
チャイナ『ブワハハハハ!!!日頃の行いが悪いからダロバーカ!超傑作アルヨォォォォォ』
メスゴリラ『あら〜女の子になっちゃったの〜。じゃあスナックすまいるに来てくれないかしら、丁度今人手不足なの〜』
メガネ『あ、それいいですね。僕も神楽ちゃんも長らく銀さんからお給料貰ってないし、ここは一丁稼いできてくれないと』
一階のババア『そうだね。家賃も常に三ヶ月滞納だしねェそろそろ腎臓なり金玉なり売って来いって言おうと思ってたが…丁度いいじゃないか。身体張って稼いできな』
チャイナ『やーいやーい銀ちゃんのバーカ!巨乳!』
 そしてドナドナの如く引き摺られ売られていく子牛=自分、以下略。

 うがぁぁぁぁぁと銀時は心中で叫び悶える。有り得ない妄想ではなかった。普段から自堕落でギリギリの生活を送って来たが故の恐ろしい結末がきっと待ち構えているに違いなかった。
 これは正しく、生死がかかった闘争であった。そうとなれば、と銀時は布団の中で眼光を鋭くし、次の瞬間ゴホゴホわざとらしく咳き込む真似をする。
「酷い咳…大丈夫?やっぱり調子悪いのね…?声も変だし」
 ゴホゴホと咳き込んだのを聞いて、妙がしおらしく聞き、しめたとばかりに銀時は今度はぜいぜい声を絞り出す真似。
「す…すまねぇ…喉も痛くて声も変だし、咳も酷いし………実は、事務所のどっかに咳止めアメがあるハズなんだが…取ってきてくれねぇかゴホゴホッゲホゲホォォォ」
「わ、分かったわ。探してくるから、ここで大人しくしていて頂戴」
 妙が気遣わしげに真剣な顔をし立ち上がる気配を感じ取り、銀時は布団の中でガッツポーズを作った。(かかった!)───アメ云々の話は全てウソである。本当は無いハズのアメ、彼女には悪いが一生懸命探してくれさえすれば。
(よし、これで辰馬とコンタクトが取れる!!)

「あ、アメなら俺が持っているぞ、ホレ」

 ごそごそと懐からアメの袋を取り出したのは桂その人である。
(アホかァァァァァ!!何でこんな時にだけ気がきくんだよォォォ俺のせっかくの計画が台無しじゃねぇかァァァァ)
 アホである。妙は「あら、じゃあコレ頂くわ。ハイ銀さん、桂さんのアメです」と布団の中にアメを差し入れまた座ってしまう。銀時は慌てて次の作戦。
「…あ〜、すごく寒い…何か寒気もするし、熱っぽいし、やっぱここは水分補給が必要なんじゃないかなぁ〜ゴホゴホゲホォォォ」
「わ、分かったわ。何か飲み物持ってくるから、ここで大人しくしていて頂戴」
 また妙が立ち上がった気配を銀時は感じ取り、よっしゃぁ今度こそ成功だ、と布団の中でガッツポーズを作った…その時。

「あ、水なら俺が持っているぞ、ホレ」

 懐から水筒を取り出したのはやっぱり桂である。
(だから何でだァァァァ!!!何で水筒もアメも懐に隠し持ってんだよテメェはよォォォォ!!何でこういう時にだけ気が回るんだよォォォォ)
「水といっても、お湯だがな。どこかの誰かさんのように冷たいものばかり食しては身体を壊すというものだ」
(だからって何でだァァァァ!!何で真夏にお湯水筒に入れて持ち歩いてんだァァァァ!!!)
 銀時の心中でのシャウトは哀しいかな誰にも届かない。妙は「あら、じゃあコレ頂くわ。ハイ銀さん、桂さんのお湯です」と言い、座り直して布団を引っ張る。慌てたのは銀時だ。布団を捲られては一巻の終わりである。
「や、ちょっとちょっと、布団引っぺがさないでって何してんのホント、いいから座っててってホント」
「何言ってるんですか、布団に潜った儘じゃ飲めないでしょう。熱も測らないとね、もし酷いようなら熱冷まシートも買ってこなくちゃならないし」
「や、ホントいいから、ほっといてくんない、マジほっといてくんない」
「ダメったらダメです。病人は言う事聞きなさい」
 一進一退の攻防に慌てた坂本が二人の間に割って入った。
「ああ、いかんいかん!喧嘩はいかんぞ二人とも、ほれほれ落ち着きとおせ〜…って」
 ふぬお!!!!
 仲裁に入ろうとした坂本がアメの袋を踏んづけてつるんと滑り、崩れたバランスを取り戻そうと手身近な支えを掴む…お妙のポニーテールをガシっと掴む…物凄い力で引っ張られたせいでお妙の首がグキっとヘンな方向に曲がり、「なに人の髪勝手に鷲掴みにしとんじゃァァァァ」キレたお妙が手に持っていたお湯の入った水筒のコップをマッハ3で坂本にブン投げ、先刻の銀時の怒りっぷりに勝るとも劣らない物凄い剣幕にビビった坂本ははわわわと慌てながら身を守る為に手近なものを引っ張り挙げる…銀時の被っていた布団。だが死んでもこの布団を離すまいとする銀時、結局坂本の盾として布団ごと呆気なく引き上げられ…
「あっバカッテメェェェ坂本ォォォォ!!!」こうして一瞬顕になった銀時の容貌、お妙がその姿を認める前に、お湯がかかる。


 ばちゃっ


「…」
「…」
「…」
「あちいいいいいいいい!!!アチッアチッあちいいいい」
 頭からお湯を被った銀時以外、全員沈黙。ぎゃあああと走り回る銀時以外、全員固まる。
「ちょ、水、水!!火傷する!お湯ってか熱湯じゃねぇかこんのヅラァァァァ」
「いや、…それよりもだな…銀時……」
 呆然としている桂を、はた、と見て気付いた。立ち止まった。…それどころじゃなかった。
 ゆっくりと、ぎこちなく、妙を振り返る。ぽかーんとしていた。

 ───最悪だ。布団に隠れていたのに、外に出ちゃった。見られちゃった、この姿。

 先程のドナドナの悪夢が蘇る。あ、コレ俺終わったね。バレちゃったし、確実に売られていくねコレ。もう何?神様なんなの?どうして俺にこんな試練を与えたの?もう殺せよォォォォ俺をよォォォォ!!!!ウワァァァァァ!!!
 頭を抱えて何も言わず蹲った銀時を他所に、お妙が口を開いた。
「…びっくりしたわ〜」
「ハイハイ、でしょうね。そんで?俺はどこに売られていくの?風俗?」
「何ワケの分からない事言ってるんですか。もう、急に大声出して走り回られたからびっくりしちゃったじゃない。全く元気になったり意味が分からないわ。…顔色はよさそうね」
「ハイハイ、でしょうね。そんで?俺はどこに売られていくの?風俗?」
「だから、何ワケの分からない事言ってるんですか」
 どうにも噛み合わない会話、坂本がコソリと銀時に耳打ちした。
「金時、よお自分の体見てみ〜や、男に戻っちゅうがよ」

 …?!?!?!?!?!

 自分の胸を触る。膨らんでいない。頭の横を触る。ツインテールは消えている。すっくと立つ。見える景色はいつもの距離感、177センチの身長からの景色。
「やった…」
 ぺたぺた自分の顔やら体を触りながら銀時は呟く。自分の体を触りまくる銀時の奇行に、隣の妙がドンビキの顔をしている。だがそんな妙にも目も向けず銀時はあらん限り叫んだ。
「やったァァァァァ!!やったぞォォォォォ男に戻ったァァァァァ!!!キャッホォォォォォ!!!!」

 とその時、障子がスパーンと開かれ豆鉄砲の如く飛び込んできた爆弾チャイナ娘、鍋にいっぱいの水を汲んで中央の銀時にバシャァァンと水をブチ撒けた。お湯の次は冷水を頭から被る銀時、だが元の体に戻った事もあって彼は上機嫌で神楽を咎める事もしない。それどころかウフフアハハと花畑を駆け回っているかのような極楽の笑顔で喜びの余りハイテンションになっている。
「お〜なんだ神楽ァ、水なんかブチ撒けやがって、ダ・メ・だ・ぞぉ、メッ!全くお茶目さんなんだから〜!!」コツン、とヘラヘラ笑顔で神楽の額を小突く銀時、はっきり言ってキモイ。不気味の真骨頂である。だがスルースキル値最高レベルを誇る万事屋の歩く戦車こと中華娘はそれすらもスルーする。
「それより大丈夫アルカァァァ銀ちゃんんんん!!あつい〜火傷する〜って声が聞こえたから、私急いで水汲んできたアルヨ……って…………」
 はた、とその可愛らしい目が銀時を注視した。スルーの天才、人の話を聞かない天才であっても見過ごせない何かがあったらしい。
 わなわな震えたかと思うと、嫌悪感を顔中に表し後ろずさった。
「な、何やってるアルカ銀ちゃん…部屋でコソコソ女装アルカ、女装プレイアルカ、やらしいネ」
「何言ってんだ神楽、俺ァ生まれた時から男、男。なぁにが女装だ、そんな変態癖は…」
 神楽の台詞に銀時が、はた、と下を見る。床への距離はいつもより短く、そして何より大きく膨らんだ胸が映る…頭を触る、可愛らしいツインテールの感触…着ているいつもの服はブカブカ…
「…アレ?」
 もう一度見る、ぷよんとたわわな谷間が見える、触る、紛れもない感触だ。
「アレェェェェェェ?!?!?!?!ウソォォォォォォ!!!!」
 お、女に戻りやがった…確かにさっき男に戻ったハズなのに一瞬で女に逆戻りしやがったァァァァァ!!!!希望が見えたと思ったらまた絶望のドン底に突き落とされたァァァァ!!!

 失望の余り項垂れ顔を両手で覆い、その場にがくりと膝を折った銀時であるが、感傷に浸る事すら許さない声が一つ。ぽん、と背中を叩く手も。
「…アラ、新手のマジックかしら?それにしては手際が良すぎるし、それこそタネも仕掛けも無さそうね…。そうよね、そりゃあ誰だってびっくりしますよね、今まで男だった人が、水を被っただけで一瞬にして女の子になっちゃったんだもの、ツインテールまで御丁寧に拵えちゃって。付け毛じゃこうは精巧には出来ないわ」びん、とツインテールを引っ張る指。
「…スンマセン、勘弁して下さい」
「背も縮んだみたい。さしずめ170センチ弱って所かしら?肩幅も狭くなったし体格も華奢になっちゃって、スゴイわね〜」さわさわ肩やら腕やら触る手。
「スンマセン、ほんっと勘弁して下さい」
「アラ、声も随分可愛らしくなったのね。ヘリウムガスを使ったにしろ裏声にしろ自然過ぎるし、女の子みたいな声だわ〜。アラ、喉仏も無くなっちゃったのね」ごろごろ喉元を撫でる指。
「スンマセン、ほんっとマジで勘弁して下さい」
「その大きいおムネも、作りものを詰めたにしてはいやにリアルだし、何よりこの谷間…本物にしか見えないんだけど、どうなってるのかしら〜」むぎゅっと遠慮なく巨乳を鷲掴みにする妙、銀時が吼えた。
「スンマセンンンンほんっとマジで勘弁して下さいよォォォォォォ!!!ホントォォォ!!」
「その反応、やっぱりこのおチチはホンモノみたいね。…という事は、これは単なる女装早着替えマジックじゃないって事なのよね〜多分」
 
 ちょっと、私にこれがどういう事なのか教えてくれないかしら?水被っちゃっただけで一瞬で女の子になっちゃったなんて非現実的かつ非科学的で信じられないもの〜ウフフ

 にっこり間近で微笑んだ顔は端整だが銀時を震えさせるに十分なものであり、口をぱくぱくさせ顔面蒼白で後ずさった銀時の退路を塞いだのは件のチャイナ娘、どういう事アルカ、吐けと凄み部屋の出入り口を塞ぎ、元凶のモジャモジャに助けを求めてもこれァお手上げぜよ〜アッハッハ〜と笑うばかりであり、元凶の連れの長髪堅物男に助けを求めても俺を見るな俺にはもうどうしようもないとサッと顔を逸らされ、更にトドメをさしたのは御盆を持って部屋に入ってきた新八、「はーいうどんが出来ましたよ〜…って………えええええええ銀さんんんんんナニ女装してんですかアンタァァァァァ!!!!」
「新ちゃん、違うのよ。銀さんはニュー銀さんとして生まれ変わったの。今日から女の子になったの」と妙の一言が銀時の涙腺をとうとう崩壊させるに至る。

 …だからね、違うからね。
 銀さん後にも先にも男の子だからね……

 

 

***

 

 

 

 

「あら、そうなの〜。じゃあ結局元に戻る方法は分からないってワケね」

 桂・坂本・妙・神楽・新八の面々に四方八方を囲まれ結局洗いざらい吐かされた銀時は部屋の隅っこで体育座りをして俯いており、お妙がその肩をぽんぽんと叩いて「まぁ、良かったじゃない、おりょうに影響及ばなくて。銀さんが実験台になってくれたおかげよ」
 つまり、彼女は親友のおりょうが無事であった事に安堵しているワケで、銀時の事はまるで心配していないワケである。神楽なんぞは「銀ちゃんそのおっぱい私によこすアル」とか何とか言ってとりあえず胸さわさわバイーンバイーン捏ね繰り回してくるのである。誰も心配していないのである。アレ?目から次から次へと何か水でてくるよ…視界も霞むし何でだろう…グスッってなカンジである。
 一方で、横の坂本が難しい顔をする。
「…問題は、男に戻ったあの一瞬ぜよ〜」
 そう、確かに銀時は一刹那でも男に、元の姿に戻ったのだ。水筒のコップがバコーンとぶつけられたあの時…神楽の登場と共に、再び女に戻ってしまい今もこうして失意のドン底にあるわけだが。
 問題提起。───何故あの一瞬だけでも元の姿に戻ったのか?───
「クスリの効能時間切れ…にしても、その後にスグまた女子に戻ったき〜…どういう事ながかわしにはさ〜っぱり分からん」
「何か仕掛けがあるのではないか?性別転換が起こされるきっかけが」と桂。
「思うに、こういう設定なんじゃないかしら」
 妙が人差し指をぴっとあげる。
「ホラ、アレよアレ」
「…どれだよ」涙声で銀時の相槌。
「だからアレ。水をかけると女になって、お湯をかけると男になるヤツ」

 ぴしゃーんっっっ!!!

 銀時の背景に雷が落ちた。
「アホかァァァァァ!!!」
「アホじゃないわ。ちゃんと漫画にもあるもの」
「あ〜私そのマンガ読んだ事あるヨ、ら〇まなんちゃらってヤツアル」と神楽。新八は正座を少し崩し身を乗り出す。
「いやいやいや姉上、これ現実の話なんですよ。マンガじゃあるまいし、そんなバカみたいな話…!」
「いや、妙殿の推理は恐らく正しい」割って入ったのは、腕組みをしている桂だ。「確かにそう考えれば全てが一致する…」「ど、どういう事ですか」新八が聞くと、桂は更に口を開く。
「最初から順を追おう。坂本にクスリをかけられた銀時、御前は何をしに洗面所に行ったのだ?」
「え、…だから、気分悪いから水で顔洗おうと」問われた銀時が答える。
「つまり、水を被ったワケだ。そして鏡をふと見ると女になった自分が映っていた、と。こうだな?」
 銀時は神妙に頷く。
「そして次。リーダーやメガネ君、お妙殿に見つかるまいと御前は布団の中に隠れた。そしてお妙殿と一悶着、投げつけられた水筒のコップに入っていたのは何だ?」
「……お湯」
「そうだ、お湯だ。そして御前は男に戻った。だが喜びも束の間、次はリーダーがやってくる。リーダーが御前に浴びせたのは?」
「……………」わなわな震え答えない銀時の代わりに、桂が答える。「───そうだ、水だ。だから御前は女に戻った。つまり、水がかかったら貴様は女の姿になり、お湯がかかれば元に戻る。そう考えれば全ての辻褄が合うと思わんか?」
「ふ、ふ、ふざけんじゃね〜〜〜〜〜ッッ!!!」銀時は立ち上がり桂の胸倉を掴んで涙ながらにガクガク揺さぶる。「そそそそんなアホらしい話があって堪るかァァァァ!!!」「俺に言われても知らん。まぁ落ち着け」桂は傍らの水筒を掴むと、銀時に向かって中身をブチ撒ける。「あっちいいいいい!!だからよォォォそれお湯ってか熱湯だからァァァ!!!おかしいから!!」熱さに耐えかねぴょんぴょん飛び跳ねる銀時に、桂はうんざりと言う。
「見てみろ。それが真実だ」
 ふと立ち返った銀時、恐る恐る己の体を見ると、桂が示唆した通りの現実がそこにある。

 …男に戻っている。
 桂に掴みかかろうとしたその瞬間、今度は坂本が傍らの鍋───先程神楽が持ってきた、水を汲んだ鍋───を引っ掴み、その中に残っていた水をじゃばじゃば銀時の頭上にかける。
「確かに。ほほ〜、興味深いクスリぜよ〜アッハッハ〜」
 …今度は、女に。

「ホントだ、ホントのホントに、水かけると女になってお湯かけると男になるんだ…」としみじみ新八、神楽は「ワァ銀ちゃん手品みたいヨ!ヅラ、次は私にやらせるヨロシ」とはしゃぎ、妙は「アラ〜面白いわね。当分退屈しなそうだわ〜」とにっこり、坂本は相変わらず「何度見てもイイおチチじゃの〜金時…ちっくとわしにも触らせとおせ〜」と両手をワキワキ、桂も「不思議なモノだな」と色々ぺたぺた触ってくる。纏わりつく皆。皆面白がってる。楽しがってる。誰もこの状況を憂慮し銀時の身を案じていない。絶対楽しがってる。
「………〜〜〜〜っっっ!!!」
 銀時が耐え切れなくなり無言でダダっと寝室を飛び出した。台所に駆け込み、ボイラーのスイッチをONにしてお湯の蛇口を捻り横にあったボウルに汲み自分にかけようとするが「させるかァァァァ」と何故かこんな時だけ一致団結し見事な連携を見せる野次馬がよってたかってそれを阻止、ならばとばかりに今度はやかんに水をジャバジャバ入れコンロで熱しお湯を精製しようと試みるがそれも「させるかァァァァ」と野次馬たちの手によって阻止され、銀時は坂本・桂に両肩を抱えられ暴れる足を怪力神楽によって抱えられ元の寝室に連れ帰られる。
「離せェェェェ俺は男だァァァァ男に戻るんだァァァァ!!!!」
「何言ってるアルカ、こんな滅多に無い楽しいパー子体験をムダにする気か銀ちゃん」と神楽。
「何が楽しいパー子体験だァァァ楽しがってんのはオメーらだろうがァァァ」
「リーダーの言うとおりだぞ銀時、武士たる者逆境を逆境とせずむしろ楽しみリンボーダンスを即興で踊るくらいの意地を見せないでどうする」と桂。
「じゃあテメーがリンボー踊れ!踊り狂え!踊り死ね!」
「何を泣いちゅうがか金時。ヅラの言うとおり、折角世にもステキな体質になったがやき、この状況を楽しまんでどうするがじゃ〜アッハッハ〜」と坂本。
「俺は楽しくねェェェ!!だから楽しんでるのはオメーらだけだろうがァァァ」
「よし、まずは呉服屋に行きましょう。そうとなれば新ちゃん、出掛ける用意よ。洋服の御代は…坂本さん、御願い出来るわよね?この堂々たるナイスバディに似合う可愛いブラジャーとパンティーもついでに買ってあげなきゃと思うんだけど」と妙、途端に「よっしゃらァァァァ任せやァァァァ」と鼻血たらした坂本がガッツポーズで叫ぶ、背景にザッパーンと波が見えるのは恐らく幻覚ではあるまい。この場で唯一の常識人であるハズの新八も姉には逆らえないらしく、渋々出掛ける用意を始めている。
 というワケでパー子ちゃんお買い物作戦スタートである!どうなっちゃうの俺ェェェェ?!?!?!コレ主人公貞操(?)の危機じゃん、どどどどうすんだよォォォォ「誰か助けろォォォォ!!!」

 …ドナドナの子牛よろしく曳かれていく銀時の叫びは誰にも届かなかった。