随分と冷たい風が吹く。猛暑続きが嘘のよう。
 秋の月は漆黒の夜闇に随分と映えた。冬の到来を既に連想させる冷たく清廉な空気の中で煌き続ける、金ともまた銀とも形容し難く孤高に光る月。
「今日、実は俺誕生日なんだよね」
 夕飯の内容を話すかのようなぞんざいな口調でさらりと告げた男を高杉は振り返る。畳にだらしなく寝そべり、少し離れた所から高杉を見ている。猫のように欠伸すら。
「…だから?」
「だからじゃねーよ、何か出せ。誕生日にゃあ贈りモンが付き物だろうが、察しろよバカ」
 甘味甘味、ホレ甘味何か出しな、と煩く騒ぎ立てる白髪の男はそんじょ其処らの性質の悪い追剥やら強盗やら金貸しやらと何ら大差無い。
「世の中全部ギブアンドテイクよ。ホレ、オメーの誕生日もこの間祝ってやったろ?」
 高杉は顔を顰めた。先々月の向日葵での一件を云っているらしいが。
「祝って欲しいなら他を当たれ。あのモジャバカやらヅラの所でも行けばさぞや盛大に祝ってくれるだろうよ」
「ヅラは饅頭呉れた。辰馬は今度キャバクラなるトコロに連れてってくれてあとパファ…パフェ?だっけ?何かそんなような名前の美味し〜い天人製の菓子があるらしいんだが、それも食わせて呉れるって」
「…至れり尽くせりじゃねェか」
「そ。だから後はオメーだけなんだよね。ってワケで何か出せ貢げコノヤロー」
 いつの間にか背後まで忍び寄ってきていたらしい白髪は、ここぞとばかりに高杉の肩を掴んでがくがく揺さぶる。鬱陶しい事この上無かった。
 人誑しの天才とも呼べる此の男が周囲にたかるのはそうそう珍しい事では無い。単細胞の様な思考回路を持ちながらも妙な所で賢しく聡明、情に脆く何処までも甘い奴と思えば一方で平然と斬り捨てる其の刃の冷たさ瞳の鋭さ、顔の造作は普通と見えてもふとした瞬間の表情仕草で人を魅了し、驚く事には何とこれらの所業は無意識に行われているという事である。此れこそ天然の人誑し。人誑しの天才。
 高杉が舌打ちする間にも、白い腕はするりと後ろから抱きしめてくる。
「何で俺が手前なんぞに貢がなきゃならねェんだ。胸糞悪ィ」
「冷てェ奴。浮気されても知らねーぞ」
「知るか」
 あぁ、さむ。
 話を聞いているのかいないのか、憮然と呟く白い腕、高杉の体に巻きついてくる腕は確かに冷たい。そう云えば白髪は寒さに極端に弱かった。
「秋ってのは美味ェ食べ物がわんさか出る時期だから好きなんだがなァ。ただこの日々日々強く吹き荒れる北風が耐えられん」
「そうかい」
 聞いてもいないのに白髪はどうでもいい話をぶつぶつと呟く。高杉も適当に相槌を打つ。それからなおも小言を白髪は呟き続けたが、高杉は上の空でまるで聞いていない。空虚で適当な相槌だけ唇をついて出ていたが、やがて其れも倦み、高杉はごろりと其の儘後ろに寝転がった。後ろに居た白髪が潰れてウギャアと品の無い悲鳴を上げる。
「いだだだだだ ちょ、待て、俺下敷きになってるよコレ潰れる潰れる」
「潰れろ」
「や、潰れろじゃないよね。投げやりすぎるよねホント。聞いてる?」
 高杉は無言で目を閉じた。背中ごしに伝わる温い体温に、思わず眠気を感じて仕舞う。其の儘銀時の文句を無視していると、頭をべしっと叩かれる。
「オイ、寝るなよ」
「…しつけェ野郎だな。つかの間の小休止だ、明日からはまた別の攘夷隊と合流する為に動く。今日一日位休ませろ」
「休ませろってかコレ人の事布団にしてるだけだよね、最低だよね」
「黙るんだったら退いてやる」
「誕生日だっつってんだろ。少しは俺の事労われやバカチンが〜」
「だから、俺があげなくても手前の場合は周りが勝手に祝ってくれんだからいいだろ」
「さっきから何なのバカスギクン。もしかしてヤキモチ?銀時クンが余りにモテモテだから?」
 高杉は無言で其の儘体の向きを変え銀時を組み敷いた。ここで犯してやっても好い、そんな事を考えながらそろりと頬を撫でる。
「…オイ、雲行きが怪しいんだが。ナニ?この体勢」
 ヒク、と白髪は半笑いを浮かべている。
「俺からの誕生日プレゼントだ。有難く思って喘げ」
「アホかァァァァ!!」
 銀時の渾身の膝蹴りが高杉の腹にドスッと極まり、高杉は耐え切れず無言で顔を顰め脱力し、ぐったりと銀時の身体の上で脱力した。
「……手前…今のは効いたぞ」
「フン。好いザマだぜ」
 悪態、だが背中へ回された腕は妙に優しい。
 優しくしろよ、と囁く声に、高杉の双眸が訝しげに瞬き銀時の白皙の貌を見つめた。くれなゐの瞳が高杉を静かに見ている。
 ───嘘吐け、酷くされるのが好きな癖に。そりゃテメーもだろうがこのサドマゾヒスト、と返す白貌は苦笑交じりで。
「今日位は甘やかしても…甘えても罰は当たらねェ筈だろ?誕生日はそういうモンだって聞いたぜ」
 誰から、と聞かなくとも分かった。高杉は目を閉じて無表情で言い放つ。
「他を当たれ」
「と言いつつ、俺の上から動こうとしないのは何でかな〜?」
「手前が腕でホールドしてるからだ」
 超至近距離で相対するくれなゐと翠の瞳。何かを告げようと動いた唇より先に出た高杉の声。
 離せよ。俺からお前に遣れる物は何も無い。御前が欲しがっている物は
「好いから黙って寝ろ!面倒なのもごちゃごちゃ煩ェのも嫌いだ」
「好く云う…面倒なのは御前だ。日付ももう変わる」
「だからこうやって頼んでんだろうが察しろバカヤロー!」
「フン」
 甘える、甘やかすの前に重ねられ侵入してくる唇は何処か甘い味がする。
「人間で無い癖に───夜叉の癖にお誕生日か。そりゃおめでたい」
「どうしてテメーはそうカワイクない事しか云えねーんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

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