再会した夏の夜は蒸し暑く、花火だけが儚く散っては闇夜に消え死んで逝く。そして逃げ惑う群集、二人だけが夜の底に立っている。嫌な夜だった。
 あの場で斬れば良かった。でも斬ろうとはしなかった。ただ、俺に見せようとしていた。うつくしく散る最期の残照が弾け飛ぶ様を見せて、俺を試して居た。牙を確かめたかったのか。それとも腑抜けた俺を殺そうとしたのか。だから御前は昔から甘い、俺が今も昔も変わっちゃいねぇ事くらい十分過ぎる位解っている筈だろう。…何がしたい。俺には手前が解らない。

 そうさ、俺は頭が悪い。んな事知ってる。周りの奴らも俺自身も知っている。だから前に進むしかねぇんだよ。…いつだか、将棋指した時、御前は俺を香車に譬えやがった。其れと一緒だ。なら御前は何だ。俺らを駒にして操っているのは誰だと思う?

 
 酔えぬ、酒。桜は好きではない、と云ったのに。

 

 斬れるか?奴を。護る為なら俺は奴を斬れるのか。斬れるだろうな。御前も俺を斬れるだろうから。
 狂ってなぞ居ないんだろう、御前。狂気の面被って三文芝居までうって、そうして何が愉しい。あの時俺に奪られた左眼でも、取り返しに来た心算ならばもう総て遅過ぎる。俺は今でも寒さに震えてるってのに。
 春の嵐が素知らぬ顔して轟々と。
 吹き荒ぶ風、桜も梅も桃も悲鳴を上げる。

 

 ───こんな雨の日は古傷が痛む。
 春雨と共に鶯がやって来る。そして腐臭と桜花と血が咲乱れる、凄まじい春を告げに。

 

 

飲んで忘れるつもりの酒が 想い募らす春の雨