数日来鳴檐前不去 賦此贈



一朝檐角破残夢  二朝窓前亦吟弄
三朝四朝又朝朝  日々来慰吾病痛
君於吾非有旧親  又無寸恩及君身
君何於我如此厚  吾素人間不容人
故人責吾以詭智  同族目我以放恣
同族故人尚不容  而君容吾果何意
君勿去老梅之枝  君可憩荒渓之湄
寒香淡月我所欲  為君執鞭了生涯
  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日来檐前に鳴きて去らず 此を賦してに贈る

一朝檐角 残夢を破る 二朝窓前 また吟弄す
三朝四朝 又朝朝 日々来たって 吾病痛を慰む
君は吾に於いて旧親あるに非ず 又 寸恩の君に及ぶなし
君 何ぞ我に於て此の如く厚き 吾 素人間人に容れられず
故人 吾を責めるに詭智を以ってす 同族 我を目するに放恣を以ってす
同族故人尚容れず 而して君 吾を容るるは果たして何の意ぞ
君去るなかれ 老梅の枝 君憩うべし 荒渓の湄
寒香淡月は我が欲する所 君が為に鞭を執って 生涯をおわらん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唄声が聞こえる。万斉の歩みは止まる。
 音無く部屋に入った。
 行燈の幽光の中、窓辺に腰掛け三味線爪弾き唄う男が一人。此方を見もせず、愉しそうなその顔は月を見ている。

 




  鬢のほつれは 枕のとがよ それをお前に疑られ
  つとめじゃえ 苦界じゃ 許しゃんせ

  待てば添われる 身を持ちながら せいて世間を狭くする
  せかなきゃね 先越す人がある

  疑い晴れたら この手を離せ 他所で浮気をするじゃなし
  車もね 来ている 夜も更ける

  もしも 私が鶯ならば 主のお庭の梅ノ木で
  惚れましたと エー たった一声聞かせたい

 

 

 万斉が続けて唄う。


  袖のほころび 垣根のとがよ それを貴方に疑われ
  ついしたえ 粗相じゃ 許しゃんせ

  雨がしょぼしょぼ 降るその中を どうしても 貴方は 
  いなんすか 待たしゃんせ まだまだ 言いたい事がある

  今朝の別れに 鳴いたる カラス 何が悲しゅうて 鳴くのやら
  いくら鳴いたとてさ 締めたえ この手が離さりょうかさ

  もしも 私が鶯ならば 主のお庭の 梅の木に たった一声サ
  惚れましたと エ〜 焦がれ鳴く声 聞かせたい

  猫になりたや あの家の猫に 好いたお方の 膝まくら
  袂ちょいと銜え じゃれて 口舌がしてみたい

  今朝の別れに 鳴いたる カラス 何が不足で 鳴くのやら
  いくら鳴いたとてサ 締めた エ〜 この手が放さりょか

 

 

 

「結構」
 柔らかい微笑。普段の隻眼の彼からは想像出来ぬ程柔らかなその表情に、万斉は密かに驚く。
「『鬢の解れ』か。また随分と古い唄を引っ張り出してきたでござるな」
、自分の事を鶯に喩えやがった馬鹿が居てな。告白のつもりか知らねェが俺の前で芸妓の真似事して」
 哂う声。機嫌が好いと見える。
「…ぬしは随分と鶯を好いていると見える」
 フン、と鼻で哂う男。三味線を鳴らし、この調子では話も聞いているのか聞いていないのか。
 溜息を吐くと、隻眼が口を開いた。三味線弾きながら唄う様に云う。
「手前は鴉が好きか?」
「…否」
「じゃあ鶯は」
 万斉は返答に詰まる。真意が見えぬ、言葉遊びのような問い掛け。隻眼は万斉に眼を向けず、相変わらず月を見上げている。
「鴉は俺だ。否、逆説的に俺以外の人間、とでも形容出来る。鶯は…」

 なぁ、鶯ってのはどうにも移り気でいけねぇと思わねェか。梅の枝に居たと思えば桃の枝。その癖、もう来もしねぇ春を一途にも待って待って待って、凍える寒さにも構わず傷つくのも構わず啼いて、必死に足掻いてやがる。そうして半永久的に苦しむ運命ならば、せめて終らして遣るのが人情だとは思わないか。ククク!

 …鶯色の目をした隻眼は斯く語りき。何処までが彼の嘘かは判別不可能。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浮気鶯 梅をば焦らし (わざ)と隣の桃に啼く