土方誕生日高杉誕生日の話と繋がっています

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、チャイナ」

 巡回中と体のいい名目を掲げながら先程そこの団子屋で買ったみたらし団子を頬張りつつ町をぶらぶら歩いていると、駄菓子屋の前でフンフン物を物色している、見慣れた…というか気に食わない奴の背中を見つけたのである。素通りしないで沖田はそのまま何食わぬ顔で小さな背中に手加減なしの蹴りを入れようとしたが、流石は天敵、くるりと身軽に宙返りを披露しチャイナ娘はたん、と軽やかに沖田の背後に着地し、淀みない滑らかな動作でジャキ、と沖田の頭にマシンガン付き傘の銃口を当てる。
「こんなイタイケなカワイイ女のコにいきなり何するアルカこの税金ドロボー」
「だーれがイタイケなカワイイ女のコでィ。此処で会ったが百年目、今日こそテメーとの因縁終わりにしてやらァ。覚悟しやがれ」
 ニヤリと不穏な笑みを浮かべスラリと抜刀した沖田に対する神楽の返答は意外なもので、いつもならば、上等アルヨこのチンカス等と暴言を吐き同じく臨戦態勢に入るはずが、
「うるせーんだよドSバカ。幾ら私がカワイイからって一々突っ掛かってくんじゃねーヨ、仕事しろ仕事」
 そう言い、神楽は傘を下ろしてフイと沖田を無視しまた駄菓子屋に眼を向けたのである。沖田は拍子抜けして刀を納め、首を傾げた。
 沖田を丸きり無視する神楽の様子はおかしかった。何時もと違う。
 ───何かを探しているのか。
 安い菓子を懸命にゴソゴソ物色する少女の後ろから、沖田はひょっこりと彼女の顔を覗き込む。白く可愛らしい手は甘味ばかりを漁っている。ヒュウ、と口笛を吹くと、ギロ、と大きな蒼眼が細められ沖田を睨めつけたが、沖田はまるで気にする素振りが無い。
「何か探しモンでもしてんのかィ」
「野暮用ネ。オマエには関係無いアル」
「野暮用?」
 何だかいけ好かない響きだ。
「どうせテメーの好きな酢コンブ探してるだけだろうが、野暮用なんざウソつくんじゃねーよチンクシャチャイナ」
「違いますぅ〜ホントに野暮用ですぅ〜人にあげるんですぅ〜」
「人にあげるだァ?」
 この暴走ドSチャイナ娘が、人の頭を平気で踏みつけるサイテーサイアクなコイツが人に贈り物だぁ?と沖田は自分の事を棚にあげまくって顔を顰めた。
「誰にあげンだ」
「秘密ですぅ〜アンタには関係ないんですぅ〜」
 何ともムカツク物言いである。
 しかし、よくよく考えてみればこの娘が親しくしている人物、贈り物をしようと思う人物など極々限られているではないか。同年代の子供とはどう見てもウマが合わない中途半端に生意気で賢しいこの小娘の交友範囲は沖田が知る限りかなり狭い。…となれば、アネゴと慕っている(そして沖田の上司がストーカーする程ホの字の)あの女か、あのデカくてワケの分からん凶暴な白犬か、山崎に次ぐ地味さを持つメガネクン(酷)か、それか…
「旦那にでもあげようとしてんのかィ?」
「だからオマエには関係無いって私さっき言ったはずアルヨ」
「関係無くはねーだろうが。あの人にゃあ俺達も随分世話になってっからねィ」
「うるさい。どっか行けヨ」
 妙に賢しいチャイナ娘も、心理戦を組むにはまだ幼い。苛苛とした物言いと、ふい、と不自然に逸らされた視線が肯定を物語っている。そしてそう仮定してしまえば、甘味菓子ばかりを物色していた理由というのも頷ける。
「ふん、それならまだ納得が行くってモンだねィ。旦那相手か。遅い敬老の日祝いでもしようってのかィ?」
「…うるさいアルナ。どっか行けっつってんだロ」
「だって父の日母の日じゃあるめーし、オジイチャンオバアチャン相手の敬老の日も過ぎた。ってえ事は旦那相手にオメーが何か買ってあげる義理は何もねぇだろィ。旦那と喧嘩でもしたのかィ?それで何か甘味でも適当に買ってあげて仲直りしようとでも目論んでンのか?それとも日頃の恩返しにでもってか?それとも」「ああああうるせーっつってんだろうがよオメーはよォォォォォ!!!」
 とうとうプッチンした神楽はがばりと振り向いて沖田の胸元のスカーフを引っ張りその馬鹿力で以ってギリギリと首を締め上げた。沖田は相変わらずの飄々とした様相の儘だがどんどん血色が悪くなっていく。…というか、周りに人だかりが出来始めた。
「ちょ待て待て待て待て苦しい苦しい死ぬ死ぬ死んじゃう窒息死する」
「何なんだよテメーはァァァ!!もう私が何しようが誰に贈ろうが関係ないだろうがァァァ!!何でテメーに一々アレコレ説明しなきゃなんねーんだよォォォォ!!」
「逆にそうまでして何で俺に説明すんのを拒むんだィ。何だか知らねーが平生からお世話になってる旦那の為とあらば喜んで俺ァ協力するぜィ」
「オメーに言ったらロクな事になんねーの分かってっからこそオメーに言わねぇんだヨこのバカァァァ!」
 とりあえず呼吸不全で顔面蒼白の癖に平生の様子でペラペラと喋る沖田は化け物の類に違いなかったので、神楽はうがぁぁぁぁと叫びながら其の儘スカーフをマグロ一本釣りの如く振り回して沖田を駄菓子屋の商品棚に投げ飛ばした。ざわめいていた周囲の人だかりがとうとうギャアワア騒ぎ出す。当たり前である。
「いだだだ、何しやがんでィこの暴力クソチャイナ」
「るせーんだヨ!いいから帰れ!かっえっれっ!かっえっれっ!さっさと帰れ〜!!」
「オメーの方がるせーんだよ」「いやオマエのがうるさい!私のはまだマシ」「いやオメーの声の方が百ヘルツうるさい」「いやオマエの声の方が二百ヘルツうるさい」「いやオメーのが」「いやオマエのが」と不毛な言い争いを続けていた二人だが、そこに割って入ったのは低く気だるそうな声だ。

「ギャアギャア喧しいんだよテメーら。つか人だかり出来てるから何事かと思ったらオメーらかよ、俺もホントついてないよね〜、ウチの暴走娘とサディスティック王子の喧嘩に居合わせるなんざよ〜」

 スクーターからは降りずに、人だかりの隙間からひょっこり顔だけを覗かせている。非常に嫌そうな表情であり、テンションも当然ながら低い。
「公共の場でイチャつくんじゃねぇよ、皆さんの気分を害した事を反省し今すぐ土下座しろ。そしてこの寛大な俺の気分をも害した事を反省し涙を流し罪を悔い許しを請い土下座しろ」見事なSっぷりであるが、スルースキル最高値を誇る神楽はさらりと無視。
「銀ちゃん聞いてヨ!このドSバカが私の事バカにするネ!」
「ハイハイ、バカはホントの事だから言われても仕方ないからね、ていうかオタクら二人共同じくらいの驚異的なバカだから、宇宙一のバカだから。安心しな、どっちかが抜け駆けとかナイから」
「あ、そうだ旦那ァ、聞いて下せェよ。このチャイナ娘、どうやらアンタに何か贈り物でもしようと駄菓子をムガ」「何でもない!何でもないアルヨ〜モウマンタイアルヨ〜アハハハ」沖田の口を塞いですぐさま取り繕ったのは傍らの神楽。恨めしげな顔をする沖田と神楽は目線だけで会話する。どういう訳でィこのチャイナ、うるさいアル黙ってろヨバカ私の邪魔すんじゃネーヨ、以下略以下略以下略。
「…なに?駄菓子が何?つか駄菓子すげぇ散乱してる上に品棚コレ破壊されてんじゃねーかオイ。こりゃあ弁償だな。二人で折半して弁償。バカだね〜」
 フムフム唸り真っ当らしい事を言いながら散乱した菓子をさり気なくポケットに入れてくすねる銀時は相当の食わせ物というか、…とりあえずどうしようもない。神楽が慌てて銀時に近寄りそして訴える。
「な、私何もやってないアルヨ!このバカがしつこいからヨ!」
「俺の方こそ何もしてねーだろうが。テメーが怒りの儘に後先考えず俺の事投げ飛ばすからこうなったんだろィ」
「私の怒りの原因はオマエアル!」
「でも下手人はテメーだろうが」
「ハイハイ、何でもいいけど仲良く喧嘩してたなら仲良くお片づけの責任があるでしょうが。おーい駄菓子屋のババア、この二人がオタクんとこの品物の弁償したいって!!」
「な、そんな事私言ってないし思ってないヨ!銀ちゃんウソ言うなヨ!!」
「そうですぜィ旦那、そりゃあんまりでしょーが」
「あんまりも何も弁償以外に方法が無ェだろこの惨状じゃあ、大人しくお縄につけバカども。オ〜イババア!!聞こえてるか、だからこのバカ二人がオタクんとこの品物の弁償…」
 店裏の店主を呼び始めた銀時を見た瞬間に、沖田と神楽はキュピーンと目線だけで一時的な同盟を結成した。幾らこの惨状を作ったのは自分達だとは言え、散乱しダメになったお菓子や衝撃でボロボロに崩れた品棚を弁償すべきは自分達とは言え、とにかく弁償したくないのである。というかそもそもこの二人にモラルの三文字や人道の二文字やらは期待しても無駄である。つまり何時でも何処でも本能の儘に生きている人間の皮を被った戦車なのである。自分の利益を優先し其の為には他人を踏みつけその上爆撃し跡形も無い様相にしてしまう事すら平然とやってのける人間もとい人間の皮を被った以下略以下略以下略。
 ───というワケで、この時点でこの二人がタッグを組んだ時点で銀時に勝利と平和の可能性は潰えている。
 店の奥からノコノコ銀時の声に呼ばれてやってきて「まぁこの有様どうしてくれんだィ!弁償だよ弁償!!」と騒ぐ駄菓子屋のババアにまず神楽が「違います、この惨状の原因はこの銀髪の男です、私見たんです!この男が店先で暴れて商品と商品棚をボロボロにした挙句、店の商品くすねようとした所!!」と眼を潤ませ(ウソ泣きである)銀時を指差し答え、「え゛」と固まった銀時を他所に、沖田はその両手首にいつの間にか取り出したる手錠をガシャンと嵌めて「でも安心して下さい、僕は警察です。たった今この男を窃盗容疑で逮捕致しましたのでご心配なく」とキリッと答えた。見事な連携プレイである。というか見事すぎる。
「はァァァァ!?!?何してんだテメーらァァァァ!!!」
「じゃあ、オマワリさん、連行宜しくお願いするネ」
「ラジャー。任せろィ」
「任せろィじゃねーよ!何だよコレ犯人はテメーらだろうがァァァ人に濡れ衣着せてドサグサ紛れに逃げようとしてんじゃねェェェェ!!!」
「じゃあコレはどういう事ネ」
 冷徹な笑みで以って神楽は銀時のポケットに手を突っ込み、其処から神楽の指が掴みとったのは、先程のてんやわんやの混乱に乗じ出来心で銀時がくすねた甘菓子が一個。はわわわわと銀時が顔面蒼白になった。
「コレはアレだって、その…オメーラクソガキ共の蛮行を証拠に取ろうと思ってだなぁ…その…アレだアレ」
「意味分からない事言うなヨ、逆にそれこそがオマエの犯罪の証拠アル」
「神楽ちゃんんんん!!勘弁しろよォォォォ」銀時が叫ぶ。
「というワケで僕はこれにて失礼します。駄菓子屋のババア、お騒がせして申し訳ありませんでした」と礼儀正しく敬礼するがしかし駄菓子屋の店長をババア呼ばわりである、ここだけ失礼極まりないものの腐ってもイケメン沖田の笑顔にババアも見惚れたか、「ありがとうね暴漢捕まえてくれて。今時珍しい好青年だね」とポーっと答えるものだから銀時は色んなイミで背筋の震えが止まらない。オイ、騙されてるよ…あのババア思いっきり騙されてるよ…未だ周囲を取り巻いていた人の波に目線だけで「テメーら今まで一部始終見てただろうがァァァァ!!黙ってねーで助けろや俺は無実だァァァ!!」と訴えるも、その銀時の背後でぎらぎらと不気味に光る二対の瞳…沖田と神楽の瞳が「ババアに言ったら殺す」とサインを送り続けている為全員サッと目線を逸らし蜘蛛の子を散らしたように場は散開した。銀時は放置プレイである。つまるところ生贄である。銀時がこれ以上何か叫ぶだけ無駄であった。
 いつの間に呼んだのか、パトカーがキキーッと目の前に停まり、沖田は満足げに微笑んで銀時をパトカーに無理矢理押し込む。其の儘拉致もとい逮捕されていった銀時を神楽は笑顔で見送り、手を振り、パトカーが見えなくなると、駄菓子屋のババアを振り返る。
「ねぇババア、私一生懸命犯人捕まえたアルヨ。ご褒美に駄菓子ちょっとくらい貰っちゃダメアルカ?」
 お願い自体は可愛いものだしお願いする当人も可愛らしい顔で見上げているが、ババア呼ばわりは失礼千万、しかし駄菓子屋のババアは其の事にも気づかない。沖田といい神楽といい、見目麗しいその外見で人を騙すのである。
「いいよ、ポケットに入るだけ持ってきな。アンタとあの男のコは店の恩人だからね」
「わぁぁぁい!!有難うネババア!!」と可愛らしく破顔した…その次の瞬間には、ウオオオオオオと神楽は戦場を駆る狩人の如き表情で駄菓子を品棚ごと根こそぎ担ぎ上げて、両肩に巨大な品棚を一つずつ載せノシノシ歩き出す。
「ちょ、…ちょっとアンタァァァァァ!!!ポケットに入るだけっつったでしょうがァァァァ!!!」
 ババアが追いかけるも、ケツにロケットブースターを搭載している(銀時談)神楽が走り出せば敵う訳も無く、そのまま神楽の姿は消えうせた。「ちょっとォォォォ!!!誰かあのコ止めてェェェェ!!!」だが今の今までこの娘の蛮行を一部始終見てきた通行人共が関わりたいと思うワケも無くその悲鳴もあっさり無視される。───駄菓子屋のババアに合掌である。

 

 

 

***

 

 

 

 そしてもう一人合掌を捧げるべき人物である坂田銀時は、現在パトカーの中。
「…泣いてイイかな、俺」遠い眼である。
「泣きな〜さ〜い〜〜笑い〜な〜さ〜あああ〜い〜」沖田の返答は明らかに悪ノリの返答というか返歌である。酷すぎる。
「…で?目的地が屯所じゃなくて万事屋ってのはどういうワケだ」
 このさも不機嫌そうな声は運転席でこのパトカーを運転している土方のものだ。沖田に連絡を受けパトカーで飛んできてみればこの有様、というか沖田に引っ張り挙げられて車内に乗ってきた銀髪を見て土方の眉間に物凄い皺が寄ったのは言うまでもない。確か窃盗容疑の男を現行犯逮捕したから迎えに来てくれ、という話の筈だったのだが、見覚えがあり過ぎて嫌過ぎる男の上に沖田は屯所に勾留せず万事屋まで、と言うのである。手錠もパトカーが走り始めて暫くしたらキッチリ外してやっているし、何だかよく分からないがこれではまるで家まで送るタクシー状態ではないか。
「どういうワケもクソもないでしょ、いいから土方さんは俺に黙って従って下せェクソが」
「殺すぞ」
 生意気な部下は上司である土方に敬意の一片すら見せた例が無い。有無を言わせず事情すらも説明しようとせず後ろでふんぞり返っている沖田を斬る妄想を土方が脳内で展開し始めた頃合、銀髪がヘラヘラと血色の悪い笑みを浮かべた。しかもその笑顔は非対称に引き攣っている。
「まあアレだよね、俺もうあの界隈歩けないよねコレ。もう犯罪者の烙印押されちゃってるよねコレ。どうしてくれんの?あの駄菓子屋なんか訪ねた日にゃあババアにまた警察呼ばれるよね俺」
「あの場では旦那を盾にするしか方法が無かったんでさァ。だからこうして深謝とお詫びの気持ちを込めて手錠も外してやっておうちまで送って差し上げてるんでしょうが。それを踏まえた上でなおも俺を呵責するたァちょいと図々しいにも程があるんじゃねぇですかィ旦那」
「アレ?何で俺怒られてんの。何で俺が悪い事になってんのコレ」
「別に俺ァ、この儘アンタをホントに窃盗容疑で現行犯逮捕して屯所に連れて行っても構やしねーんですぜ。それでもいいってのかィ?」
「アレ?何で俺強請られてんの、何で俺が弱味握られてるみたいになってんのコレ」
 バックミラー越しに何だか泣きそうになっている白髪が助けを求めるような表情で前の席でハンドルを握っている自分を見つめた事に土方は気づいたが、知らない振りをする。俺に助けを求めるんじゃねぇバカ、ソイツそういう奴だから。昔っからそういう奴だからどうしようもないから。
「よ〜し聞き分けの無ェ輩にはほとほと愛想が尽きた、ってんで逮捕状書いちまいまさァ。というワケで本人確認の為にちょいと免許書見せて貰うぜィ旦那」
「ふざけんじゃねェェェェ」
 勝手に人の懐から財布ブンどって中身物色し始めた沖田だが、運転免許書を見つけるとピクリと器用に片眉を吊り上げる。
「…ふぅん、やっぱりねィ。旦那、アンタ今日誕生日なんでしょーが」
「へ?…アレ?そうだったっけ?」
 銀時の反応は微妙だ。ポリポリ頭を掻いて小首を傾げている。本当に忘れていたらしい。
「成る程ねィ、ならさっきのチャイナ娘の行動も全部頷けるってモンでさァ」
 そしてそこでバックミラー越しに何故か沖田がチラリと意味ありげな視線を自分に寄越した事に土方は気づいたが、知らない振りをする。オイ、何見てんだバカ。何故そこで俺を見る。
「…そういえば、誰かさんの誕生日には旦那と手錠プレイでイチャコラフルコースでしたよねィ」
 土方が思わずギャギャギャと派手なドリフトをかます。車内が激しく揺れる。それは其の儘土方の心の動揺を指す。
「…オイ、何だ今のドリフトは。殺す気か」
「うるせー白髪バカ。もうテメーと居るとロクな事起きねェから早く降りろ」
「万事屋はまだ先ですぜ、土方さん」
「…」
「…」
「…」
 黙り込む銀時、黙り込む土方、ニヤニヤしている沖田。三者三様思い出す所があるらしい。
「…あのさ、沖田クン、この話ヤメにしよう。俺の誕生日とかホントどうでもいいから。この間の土方クンの誕生日ン時みたく変なコトしなくていいから」
「変なコトとは失礼な。その後変なムードにして男同士でアンアン変なコトしたのはアンタらでしょうが」
「や、結局無かったからねあの後、俺が面白がって土方おちょくってピンクな空気にはしたけどもそういう事実関係は無かったから、当たり前だから」
「あ、しなかったんですかィ結局あの後」
「…」
 誘導尋問されている事に漸く銀時は気づく。寧ろ遅すぎた。土方の運転はもう荒れに荒れて荒みまくって大変な事になっている。そしてそれは矢張り其の儘土方の心の動揺を指している。
「じゃあ分かりやした。俺から旦那への誕生日プレゼントは、我らが真選組副長土方十四郎の一日貸出券にしやす」
「…え?」

 その瞬間、土方の運転するパトカーが何故か車道の中央でぐるぐると高速スピンした。

 全員無言で髪が乱れるのも構わず姿勢を崩さずそのスピンを耐え、漸く超高速回転がおさまり、何やってやがんだこのポリ公!ファ〇ク!などという罵詈雑言が聞こえ始めた頃合に銀時がぽつりと漏らす。
「……土方、オメーやっぱ俺らの事殺す気?」
「というか俺ァ、どうやったら突然前触れもなく車スピンさせるなんてアホな芸当出来んのかが気になりやすけどねィ。というか、動揺し過ぎだ土方死ね」
「テメーが死ね」
 車外では、血気の多いトラック野郎やらがクラクションを鳴らしまくりコチラに向けて罵詈雑言を並び立てている。
「おうおう怒ってやがんぞ外の奴ら。もう俺色々疲れたからここで降ろして。こっから徒歩で帰るから、スクーターも忘れたし濡れ衣着せられるし色々散々な目に合ったけどもう帰るから。じゃね」ドアに手を伸ばした銀時の手を妨げる手。「何言ってんでさァ、土方さん一日貸出券あげるって言ったでしょ。ちなみにコレ、返品不要ですから」
「要らねェっつってんだよォォォォ!!誰が欲しいっつったよそんな誕生日プレゼントォォォォ!!!」
「あ、そんな事言ったら悲しみやすよ土方さんが。ホラ見てこの顔、落ち込んでるから」
「お、おおおお落ち込むワケねーだろバカじゃねーの」
「ホラね、どもってるでしょ」
「どどどどどみっ…どもってねーし」
 噛んだし。噛んでるし。どもってるし。明らかに挙動不審になりソワソワし始めた土方に銀時がとうとう半眼になる。
「土方さん、最近仕事忙しくて旦那に会えねーから寂しかったんでさァ。だからタカって甘味たらふく食わせてもらうなり、性欲解消に使うなり、好きにこき使ってやって下せェよ」
「やめてくんない、その性欲解消って言い方やめてくんない」
「総悟好い加減にしろ勝手に決めつけんじゃねェよ、帰ったら片付けなきゃなんねー書類が山ほど残ってんだよ」
「土方さん、昨日如何いうワケか書類殆ど片付けちまったらしいじゃねぇですかィ。山崎から聞きましたぜィ、ここ数日の激務で溜まりに溜まってたノルマを昨日一日であっという間に達成しやがったとか。俺にはどういうワケか、“今日”の為に昨日頑張ったとしか見えなくてねィ」
「…なんの根拠があって言ってるんだよ」
「そういえば、昨日副長室でコッソリパソコン広げてインターネットでペアリングの販売サイトとか閲覧してる土方さんの姿目撃しちまいました。アレァ一体どういう意味だったのかな〜」
「…」
 ガサガサと土方がタバコを取り出し始めた。あ、逃げた。
「というワケで、アンタの誕生日に誰より張り切ってたのはココにおわします土方さんなワケでさァ、旦那。付き合ってやってくんねぇか。局長にはもう有休許可俺が出しといたんで」
「何勝手に人の有休決めてんだァァァァ!!!」土方のシャウト。
「このパトカー、必要とあらばデートの為に貸出しますんで」
「何勝手にパトカー貸出してんだァァァァ!!!」またもや土方のシャウト。何分突っ込みどころが多すぎた。

「てなワケで、邪魔者はここらで失礼しやす。旦那、良い誕生日を〜」

 銀時が口を開く前に土方が口を開く前に沖田はもう車外に飛び出している。すぐに沖田は走って見えなくなった。
「…」
「…」
 沈黙が車内を包む。
「…とりあえず、車、走らせようぜ。周りスゲー野次馬だよ、沖田逃げたのもそれが第一原因だよね」
「…ああ」
 銀時の言葉に土方は頷く。道の中央で突然高速スピンをかましたパトカーがあればそれはもう人目を惹きすぎる。しかも奇跡的に無事故だったとはいえ、下手すれば大事故を誘発しかねなかった。トラック野郎は未だに叫んでいる。交通の邪魔だと言ってクラクションの嵐。渋滞。
「デートの始まりにしちゃあ随分と悲惨だな」
「デートだァ?」
 土方が素っ頓狂な声を上げる。
「だって、今日の誕生日デート、楽しみにしてくれたんだろ?」
「や、それは…」
「違ェの?」
 バックミラーに映る銀時は微笑していた。
「カワイイとこあんじゃん。俺の誕生日の為に仕事片付けて挙句の果てにペアリングだァ?」
「…買ってねぇよ」
「どうせ見付かんないように自分の机の奥にでも仕舞ってんだろ?」
「だから買ってねぇって」
「ハイハイ。何でもいいけど、そんなに楽しみにされてたんじゃあ、付き合ってやらねーワケにはいかねぇもんな」
 土方の座る運転席の背後からスルリと腕が伸ばされた。後ろから軽く土方を運転席ごしに抱きしめる腕がそこに在る。
「後部座席でもシートベルトは締めろ」言いながら土方は車を発進させ、何処に向かうのかという事と、副長室の机の奥深くに仕舞った儘のペアリングの片割れを、何時どのようなタイミングで渡そうかという算段をしなければならなかった。運転席からは銀時の表情は見えても、後部座席からは土方の表情は見えないのである。故に自然に緩む表情を隠す事には留意する必要は無く、土方は安心してこれらの思考をゆっくりとまとめる事が出来る。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 沖田の指がインターホンを押す。途端にチャイナ服を着た娘がガラリと笑顔で扉を開けて出てきた。
「わー銀ちゃんお帰りアル!!………って……」
 何だ、オマエかヨ。
 神楽は向日葵のような笑顔を一瞬でさも嫌そうな顔に変貌させる。余程ガッカリしたようである。
 両手に零れんばかりの駄菓子を抱えていた。実際神楽が嘆息と共に肩をがっくり落とすと、バラバラと床にその幾つかが零れ落ちた。沖田は眉を顰める。
「その菓子の山、どうしたィ」
「ババアから御礼として貰ったヨ」
「嘘つけ。あのケチババアがこんなにくれるワケ無ェだろうが。大方パクってきたんだろィ」
「私そんな事しないアルヨ」
 絶対ウソだと確信する沖田である。ジト目になっていると、神楽は沖田をじっと見てこう言った。
「それより、オマエがココに来たって事は、銀ちゃん今日帰ってこないアルカ」
 本当に妙な所で聡い娘だ。沖田は笑う。
「御名答」
「あのマヨネーズ男のトコカ」
 沖田は答えずに肩を竦めた。神楽が駄菓子を後ろの廊下に向かって全部放り投げる。バラバラと駄菓子は無残に床に叩きつけられた。
「折角旦那の為に用意してやった菓子もこうなりゃ用済みか。カワイソウに」
「うるさいアル。オマエ、何の為に来たアルカ。冷やかしに来たんなら帰れヨ」
「旦那に置いていかれて拗ねてる面拝みに来てやったんでィ。酷ェ不細工ツラをな」
 瞬時に突き出された神楽の拳を、沖田はすんでの所で受け止めた。
「…殺されたいのカ」
「そんなムキになるこたァねーだろう。冗談だろ冗談」
「オマエだって寂しい癖に。あのマヨ男に銀ちゃん盗られて…あ、逆カ?銀ちゃんにマヨ男盗られて」
 今度は沖田の蹴りを神楽がギリギリでかわした。神楽が冷たい笑みを浮かべる。
「同族嫌悪同族憐憫はゴメンヨ。一人で勝手に泣いてロ」
「オメーだって八つ当たり半分だろ」
 玄関先の戦いは益々激化していく。瞬速の蹴りや拳はどれも互いに致命傷与えられない。これのどこが傷の舐めあいでないのか、お互いが気づいている。
 神楽の拳が沖田の頬を掠めた。爪先が当たったらしく、つう、と血が一筋流れる。両者の動きがそこで止まった。
 沖田は避けなかった。
「元気じゃねーか」と言って笑う。
「…オマエ」
「よし、そうと分かりゃあ早速行くぜィ。人数は多い方がいいからねィ」
 スカーフを綺麗に整え言う沖田に神楽が怪訝な顔をする。
「何処へ」
「デートの妨害に決まってんだろィ。面白そうだが二人っきりにしてやったものの、独り占めたァムシが良すぎる。お陰で邪魔する楽しみが増えたんでヨシとしてやるが」
 あ、あの地味メガネ君やら姐さんやらメスブタM女やら誘えるだけ誘っといて人数増やして来いよ。デートに乱入すんのは人数が多けりゃ多い程面白いだろうからな。場所の方は心配無ェ、パトカーの方に盗聴器仕掛けて置いた、それから有休取ってやったっていうのもウソだからな、近藤さんあたりが今頃必死で土方探し回っているだろうし、心配性なあの人なら何か事件に巻き込まれたとでも勘違いして隊士総動員で土方捜索するかもな。
 土方が聞けばその場でブチブチ血管を切らせて卒倒する程度の重大発言をぺらぺらと喋る沖田だが、事情をよく知らない神楽は首を傾げるより他無い。
「何考えてるアル」
 八つ当たり、傷の舐めあい、してたかと思えば攻撃を避けもせず、今度はデートの妨害に行くぞと。
「ワケわかんねーヨ、オマエ」
 だが、何故か笑みが零れてくる。
「何笑ってんだテメー、いいから支度しろ。俺ァ先に行ってるぜィ、そんで旦那の誘拐が成功した暁には二人で蜜月を」
「やっぱコロス…ッ!!!」
「フン、やってみな」
 とりあえず、土方総攻撃までそうタイムリミットはそう遠くない事だけは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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